自殺志願者の優等生、匠。 
名前を捨て、キャットウォークに住む野良猫みたいな少女。

 
一人は、その場所に死にに行った。
一人は、その場所で生きていた。 


二人の出逢いが、夏の始まりだった―― 










「あたしは自由だけど、てきとーに生きてるんじゃない。
 あたしにはあたしのルールがあって、あたしはそれに従う。
 だってそれは、あたしが決めたルールだから。
 あたしがあたしであるために決めた、ルールだから」

 ――少女(自称名なし) 十四歳





「お前は名前に意味がないって言うけど、俺はあると思う。
 これは俺の考え。名前にはやっぱり意味があって、必要だと思う。
 だから、俺の名前を覚えて欲しい。
 お前には呼んで貰いたいって思うから。
 ――掛井 匠。オーケイ?」

――掛井 匠  中学三年生





「これ以上匠に関わらないで。
あなたと関わることで匠に悪い影響があったら、
あなたはどうやって責任を取るつもり?」

――北野真雪  中学二年生





「ナスカの地上絵より、大きくて、いびつで、美しい地上絵が見たいんです。
 私はこの美崎台に、ナスカより大きな地上絵が、見たいですね」

――シュウ  ホームレス 





「……お前は、救いがたい阿呆だ」

――高峰 良樹  英語教師







 あの、夏。
 俺たちは、行き場を探していた。
 生きていく場所を、求めていた。
 生きていく理由を、欲していた。

 それはたぶんくだらない、大人からすれば陳腐な悩み。

 それでも、世界はまだ、せまくて。










第一章 夕暮れにて






 朝が来ない夜はない。けれど、夜が来ない朝もないのだ。
 リピート。リピート。リピート。何度でも夜は際限なく襲ってくる。
 特別深いわけでもない、薄闇。
 漠然とした不安感のようなものは、とても夜に似ている。





「こんなところで、何してるんだ?」
「生きてるの」
「ふぅん」
「こんなところに、何をしに来たの?」
「死にに来た」
「ふぅん」







第二章 シャ・ラ・ラ






 朝が来ない夜はないと、お偉い方は口を揃えて言う。
 その通りだと真雪は何度皮肉に笑ったか知れない。
 明けて欲しくない夜はいつだって、明けるのだ。
 来て欲しくない朝に限って、何度でも襲ってくる。
 善人の素振りをして、襲ってくる。
 あの恐怖。






「生きてるから、怖いの。
 あたし、死ぬことは怖くないよ。
生きてることのほうがずっと怖い」
「……うん」
「死ねば、終わりだけど。
生きてると終わりはずっと先だから。
いろんな怖いものがある」
「それでも、生きてるのは、何で?」


「生きたいから」




第三章 娘ざかりのお嬢さん






「あなたが彼女の花を枯らさないと約束するのなら、
 私はすぐにでもあなたに彼女の居場所を教えます。
 けれどあなたはまだ、彼女の花を蕾のままで摘んでしまいそうなので、
 教えられないんですよ」








 台風の日には中に入れてもらえる植木鉢の花はきっと楽だし、
 鑑賞に耐えうる物なのだろうけれど、
 台風の日だって風雨に曝されながらも咲くことをやめないたんぽぽのほうが強い。
 自分たちはずっと、干渉に耐えうる花を咲かそうとしていたのに、

 たんぽぽに気付いてしまったんだ。






第四章 それでも君を









青い空。馬鹿馬鹿しいほど熱い空気。七月の空。枯れた様に鳴いた、蝉の声。











 左右に揺れる、紺のスカート。
 三階の廊下に吸い込まれていく、茶色のローファー。
 その二つを身に着けているのが彼女だとは、どうしてもイコールで結び付けられなかった。







第五章 脱獄




 心臓が生き物のように胸を押し上げるのを感じながら、
 野良猫は匠の手を強く握りなおす。
 今はこの手を、信じようと思った。







「アスファルトは平坦じゃない。
 熱くて、痛くて、時々硝子なんかが落ちてて足を切ることもあるよ。
 だけど、あたしは裸足で行くって決めた。もう迷わない。それがあたしのルール」
 花に、なりたいから。
 自由に咲く花に、なりたいから。
「あたし、生きるって決めてる。
 世の中ちょっと腐ってて、馬鹿みたいなことだらけだけど、
 意味なんてないけど、でも生きるって決めた。
 裸足で全部を感じることが、あたしのルール」








第六章 ヤツらはデンジャラス!!







 きっと誰もが、この言葉を待っていたんだ。
 自分のやりたいことなら、どんなことでも出来る。
 そんな当たり前の言葉を、言葉として、誰かに言って貰いたかったんだ。








「ちびねこ。
 楽しい?」

「うん。サイッコー楽しい!」




エピローグ ダンシン・オン・ザ・キャットウォーク






足場は不安定で、いつ落ちても不思議じゃなくて、細くて、絡まりあっていて、
 けれど、見上げれば大きい。


 人生ってやつは、まるでこのキャットウォークみたいだ。















 それはあの頃の、甘く苦い日常の断片。
 小さな街で始まる、出逢いと自由の現代青春物語り。


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