第一章『はじまりのカギ』


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「ひろと! なんか出て来たぞ!」
 ぼくはその声に、ゆっくり顔を上げた。
 たけるは顔を赤くして、スコップで必死に砂を掘っている。ぼくはたけるほど夢中になれなくて(あたりまえだ。たけるは二年生。ぼくはもう六年なんだから)、ちょっと面倒くさくてスコップを適当に動かしていただけだった。
 砂場から出てくるものなんて、くだらないガラクタばっかりだ。
 ぼくもちょっと前までは集めたりしてたけど。四月に同じクラスの久野にバカにされてから、もうやってない。久野は女子の学級委員で、へんに大人ぶった可愛くない女。「男子はそういうバカな遊び好きだよね」なんて言われてカチンとこないはずもないけれど、久野の言うことももっともかもしれない。
 砂場で拾えるものなんて、つまらないもんばっかりだ。
 ぼくももう六年だし、そんなの集めても仕方ないって思ったから、最近は見つけたものは全部、たけるにやっている。
 たけるは、まだ集めるのが好きだ。
 隣の家に住んでいるたけるは、ぼくにとって弟みたいなもんだった。ようするに、子守り、だ。たけるの面倒をみてやるために、ぼくは時々こうやって、砂場でたけると一緒に「宝探し」をやる。
 ――久野の言い方をかりれば「がらくた探し」だけど。
「ひろと! ひろと! 手伝ってよ!」
 たけるが興奮したようにそう言ってくる。ぼくはたけるに気付かれないようにこっそりため息をもらして、プラスチックのスコップを握りなおした。
 さくっ。さくっ。さくっ。
 茶色の砂をスコップで掘って、乱暴にまきちらす。
 金色の何かが、奥でのぞいてる。ずいぶん深いな。
 さくっ。さくっ。さくっ。
 気付くと、ぼくもたけるも無言になって、一生懸命に砂を掘っていた。
さくっ。さくっ。さくっ。

 ――さくっ!!

「でてきたー!」
 たけるが顔中を真っ黒にしながら、そう叫んだ。出て来た金色のそれをぎゅうっと握りしめて、うれしそうにかかげてみせる。
 真夏の太陽に、金色がきらっと反射した。まぶしい。
 ちょっとだけ目を細めて、手で影をつくってみた。
 ――鍵だ。
 金色の、鍵。自転車の鍵とか、家の鍵とかと、ちょっと違うみたいだ。
 なんだろう、そう――あれだ。体育館の鍵に似てる。
 頭の部分が円くて、そこから下が長く伸びている。
「うわぁ……かぁっこいいー」
 たけるが、きらきらした顔でそう呟く。バタバタと両手を振り回して、ぼくに顔を寄せた。
「これ、何の鍵かな! たから箱とかかな!」
 宝箱なんて、あるわけないじゃん。
 そう、思ったけど。
 でも、たけるのきらきらした顔を見てると、言えなくなった。
 ぼくは久野とは違う。そうやって笑ってるやつの顔を、しょんぼりさせるのは好きじゃない。
 だからぼくは、知ったような顔をして、たけるのくちびるに人差し指をむけた。
「しっ、大声だしちゃダメだよ」
 ぱふっ、と慌てたみたいにたけるが両手で口をおさえた。
 ぼくはそれをみて、わざと声を小さくする。
「それがホントに、宝箱の鍵だったら、まずいぜ。ばれたら、大変だ」
「ほうまふいの?」
 たけるは口をおさえながら、ぼそぼそと聞いてくる。たぶん、「どうまずいの?」だ。
「本物だったら、危ないぜ。わるもんに狙われるかも」
「わるもん!? 海賊とか!?」
 たけるはぼくの言葉も忘れたみたいに、大声で叫んだ。
 ……うーん。素直な奴。でも、角野町には海賊はいないぞ、たける。海はあるけど。
「しずかに」
 ぼくはわざと声を落として、そっとあたりに視線を向けた。誰も聞いてないか、確認するみたいにね。
「――たとえば、そうだな。マフィア、とか」
「マフィア、ってなに?」
「うーん……黒い服着てて、サングラスかけてる、やくざみたいな人のこと。拳銃とか、もってンの」
「あの人みたいなの?」
 たけるがきょとんとして、指を公園の入り口に向けた。
「へ?」
 そこにいたのは――
 黒い服着てて、サングラスかけてる、やくざみたいな人だった。

 …………え?

 そしてその人が、ジャケットの内側に手をいれて――
 ぼくはその瞬間、わけもわからずたけるの手を引いて、スコップを放り投げて、立ち上がっていた。その人が一歩、ぼくらに歩み寄る。それがなんだか背中にぞぞっときて、ぼくは叫んだ。
「にげるぞ、たける!」
 たけるの手を引いて、砂場の砂をけって走り出す!
だけど同時に、マフィアもぼくらを追いかけて走り出した!
『うわああー!?』
 ぼくとたけるは悲鳴を上げて、走るスピードを速くした。
 全力全開猛ダッシュだっ!

 一体、なんだっていうんだ――!?

「ねぇ、ねぇ、ひろと、ひろと!」
 ぼくに手を引っ張られながら、ぜえぜえ息を弾ませて。顔も真っ赤に染めながら、それでもたけるは口を閉じようとしなかった。開いているほうの手は、無意味にバタバタ空気をかき回している。
「あの人たち、わるもんなの? 海賊? これ、これ、本物のたから箱のカギなの? ひろと!」
 たけるは、本当に「なの?」が多い。口ぐせみたいなもんで、いっつも聞いてくる。いつもだったら、ぼくはちゃんと答えてあげるんだけど(時々てきとうなこともある)、だけど、だけどさ。
「知るかよおー!」
 ぼくはわけも判らず叫んでいた。っていうか、判るわけないってこれ。こんな状況で、たけるの「なの?」になんて答えてられるか!
 ――と、そこまで頭の中でぐるぐるしてから、ふとたけるの言葉をもう一度リピートする。
 ……あの人たち、わるもんなの?
 ……あの人――「たち」?
「……たち?」
「たち」
 セミのせいでミンミンうるさい並木通りを一生けんめい走りながら、思わずぼそりと呟いたぼくの言葉に、たけるがなんのためらいもなくこっくりした。
「ほら」
 そう言って、後ろを指さす。ぼくは振り返って――
「……」
 振り返らなかったことにした。
 見たくない。見たくない。ってか、見てない。見てないぞ。同じ顔と格好のマフィアが三人も追いかけて来ているなんて!
 ミンミンミンミン、セミがわめきたてる並木通り。とりあえずぼくは、こう決めた。
 考えるな。今はとりあえず、逃げ切れ。
 一瞬、たけるの握っている鍵を渡す、って考えも出たけど、即行二重線で取り消した。
 ヤだ。絶対、絶対、いやだ。なんか理由はないけど、とりあえず――いやだ!
 スニーカーなのがもどかしい。いつもみたいにローラー・ブレードだったら、ずっと速く走れるのに。いや、その場合、たけるどうしようも、ないんだけど。
 真夏の太陽がじりじりぼくらを焼いてきて、汗がぶわってふきだしてきた。どれくらい走ったかわからないけど、百メートルくらいは全速ダッシュしている気がする。足とおなかが痛くなってきて、ぼくもたけるもそろそろ限界になってきた。みるみる速度が落ちていって――
「うわぁっ!」
 後ろで、たけるの悲鳴が聞こえた。あわてて振り返ってみたら、たけるの服のフードに、マフィアその一の手がかかったところだった。たけるがあわあわしながら両手を振り回している。
気味の悪いひび割れた声で、そいつが言う。
鍵を渡して貰おうか、坊や
「こ……のっ!」
 ぼくの全力チョップは、マフィアその一の手をゆるめさせた。その隙に、ぐいっと強くたけるをひっぱって、なんとかマフィアたち(同じ顔。ついでに無表情。気持ちわるい)から逃れる。ついでに、マフィアその一をけっ飛ばしたら、上手く決まった。バランスを崩したマフィアその一はすっ転んで、他の二人を巻き込んだ。
 ざまあみろ!
 少しだけ、マフィアたちとの距離がひらいた。でもそれも、時間の問題だ。走りながら振り返ってみたら、もう全員起き上がっている。まずい。
 息をはずませながら、ひたすら並木通りを直進する。と、ふいに通りがきれて、目の前には角野第二公園の緑のフェンスが見えた。
 どうする。右に行けば学校、左に行けば図書館だ。どっちにいく!?
 そう考えて、ぼくはあることを思い出した。――いちか、ばちか、やるっきゃない!
「たける!」
 へろへろになりながら、たけるがぼくを見上げてくる。
「お前、あそこのフェンスの穴、通れたよな!」
 そうなんだ。第二公園のフェンスの下のほうに、小さい穴が開いている。第二公園の入り口はこっからちょうど反対側なんだけど、その穴をくぐれば中に入れる。
 もっとも、たけるくらいならともかく、ぼくは通れない。穴が小さすぎるんだ。
 たけるがよく判らない顔で、それでも頷いた。ぼくはそれを確認してから、ぐいっとたけるの背中を押した。
「くぐって、通りぬけろ!」
 たけるは半分言われるがまま走り出して、フェンスの穴に飛び込みかけて――それから、気付いたように振り返った。
「ひろとは!? ひろとは大丈夫なの!?」
「いいから、早く!」
 ぼくの言葉に、たけるは一瞬だけためらったみたいだった。だけど、ぼくが頷いてやると、決心したみたいに穴に飛び込んだ。
 たけるの姿が見えなくなる。
 それを確認してから、ぼくは足を止めた。
 目の前にはフェンス。後ろには、マフィアたちが迫ってきている。
 絶体絶命?
 ――まさか。
 誰も見ていないのは判っていたけど、なんだか楽しくなってきた。
 フェンス確認。その下の花壇確認、隣の郵便ポスト確認。障害物、なし!
 ぼくは少しだけ下がって、フェンスから距離をとった。すう、は、と深呼吸。
 それから――だっと走り出して、地面を強く蹴った!
 まず、花壇に足をかける! ――成功! さらに強く、蹴る! 反対の足をポストのてっぺんに――成功! もう一度――ポストの赤い頭を、蹴った!
 ガシャン――!
 フェンスのてっぺんに手が届いた。あっつ……! 太陽のせいで、焼けて熱くなっていた。とりあえずガマンして、フェンスをよじのぼる。太陽がきらりと、眩しかった
 フェンスのてっぺんに上ると、マフィアたちがぼくを見上げる姿が見えた。視線をずらすと、大口開けて見上げているたけるの姿。
 ぼくはきゅっとくちびるを結んで、たけるのほうへ向かってジャンプした。


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