第三章『夏休み』


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 ダンダンッ――と、体育館にボールが弾む音が響く。
 ドリブルをしながら、追いかけてくる相手チームを交わしてゴールに進む。
「ひろと、こっちや!」
 左側からの声に、そっちを向くこともなくぼくはボールを投げる。
 ばしっという小気味のいい音と同時に、またダンダンっとドリブルの音が響いた。
 ぼくからのパスを受け取ったこーすけが、そのままゴールへとむかってディフェンスを抜く。
いち、ジャンプ!
 体をひねって――
 ばすっ!
「シュート!」
 走りながらのドリブルシュートは、ばっちりゴールネットへ吸い込まれていった。体育館の脇で見ていた女子の何人かから、歓声が上がる。
「こーすけ、ナイス!」
「ひろとのパスのタイミングが良かってん!」
 パンッとハイタッチを交わしながら、ぼくとこーすけは言いあった。ちらりとみると、久野も笑顔で手を振っている。
「ナイス、こーすけー」
「おー!」
 こーすけが得意そうにひらひらと手を振った。
 ……ちょっと、なんか、くやしい。確かにゴールを決めるのはどっちかというといつもこーすけのほうで、ぼくはサポートにまわることがほとんどなんだけど。
「……なんやねん?」
「なんでもない」
亜矢子が見ていたから――
「キィ」
了承した
 ……たく。どいつもこいつも……
 ぎぅ、と鍵を握ってやる。
 退屈な教室での先生の話が終わって、登校日用の提出物も出した後、ぼくとこーすけは、クラスの男子二人と隣のクラスの男子を二人さそって、体育館でスリー・オン・スリーをしていたんだ。
 相手チームの一人、アキオが汗だくになりながら言ってくる。
「つーか無理。つーか反則。おまえら二人が同じチームだったら、おれ達相当不利じゃん」
「しらねーよ」
 くくっとこーすけと顔を見合わせて笑いあう。そりゃそうだ。アキオの言うことももっともだ。だけどまぁ、勝負の世界じゃ関係ないということで。
「さ、続きいくぞー!」
「えー……」
 アキオが不満げな声をあげたそのときだった。

 ご……ごごっ……

「うわっ!?」
「きゃっ、な、なに……!」
 言い様のない奇妙な地鳴りと同時に、体育館中が思いっきり揺れた。立っていることも出来ないほどの激しい揺れに、ぼくたちは体育館の中でうずくまる。
 ゴールポストがピシッと音を立てた。オレンジ色のバスケットボールは床を跳ね回る。誰かの悲鳴が体育館を揺らして、窓の外がかげって暗くなる。
 そして――少ししてから、揺れは収まった。
 みんながみんな、恐る恐る顔を上げる。ぼくとこーすけも顔を見合わせて、お互いに支えあいながら立ち上がった。
「なんや……地震か……?」
 少し薄暗くなった体育館で、こーすけが不信そうに声をあげる。メガネを直しながら、久野がこっちに走ってきた。
「こーすけ、片瀬、大丈夫?」
「久野こそ。――今の、地震?」
「さあ……」
違う
 ぼくらの会話に、キィが唐突に割り込んできた。ぼくとこーすけと久野は、他の奴らにばれないように三人で陣を組んで、小声でささやきあう。
「違う? 違うってどういうこと? キィ」
地震ではない。あれは……
 キィが何かを言いかけたその時、空気を引き裂くような悲鳴が体育館の外から聞こえてきた。
 ぼくらはその声に思わず息を呑んで、立ちつくす。
 あわてて体育館を飛び出して、声が聞こえてきた方向――校庭へと一目散に走り出した。
 そして、ぼくらは見た。
 いつか見た、銀色のドラ焼きみたいな〈船〉。あの時は一抱えほどだったそれと全く同じ形で、だけどまるで一軒家ぐらいに大きくなったそれが、ぼくらの小学校――角野西小学校の校庭にででんっと居座っていた。
「――……」
 ぼくもこーすけも久野も、他の六年二組のみんなも、違う学年やクラスのやつらも、先生たちも。
 誰一人として何も言えず、ただ唐突に現れたその〈船〉をガン見するしか出来なかった。
 その中で――
 ぼくの胸にさがった鍵の姿のまま、キィがまるで震えるように細い声で呟いた。
〈マザー〉がわたしを修復に来た


 真っ青な夏空の下、銀色の鈍い光を放つその〈船〉は静かにたたずんでいて。
 そして、ぼくらが予想だにしないことに、静かな――キィと全く同じ秋の教室の声で話し始めたんだ。

こちらは、〈マザー・プログラム〉。〈チルドレン・プログラム〉のバグを修復したい。知的生命種――固体名『片瀬宏人』、あなたの持つ〈チルドレン〉を早急にこちらに渡してほしい

 片瀬宏人。それは間違いなくぼくの名前で、だけどぼくはその宇宙船が言っている〈マザー・プログラム〉だの〈チルドレン〉だのは全く判らなくて、ただひたすら目を丸くして立ち尽くすだけだった。
 皆の視線がぼくに集まっているのは感じていた。だけど、どうすることも出来ない。
 黙りこくったぼくに、その宇宙船はこう続けた。
あなたがこちらに〈チルドレン〉を返してこないだろうことは、他〈チルドレン〉のデータから推測済み。よって、本来ならこういった手段はとりたくはなかったが――
 ふいに宇宙船の銀色の壁が揺らいで、窓が出来た。窓――か、TVのようなモニターか、何か。
 そこに、よく見知った顔が映された。
 目を丸くして、辺りを見回している一人のちび。
「……たけるくん!」
 久野が、悲鳴みたいな声をあげた。その声を合図にするみたいに、たけるを映していたモニターは消えて、またもとの銀色の壁に戻る。
固体名『古賀たける』をこちらにて捕獲ずみ。あなたの持つ〈チルドレン〉との交換を要求する。リミット・タイムはこちらでいう二時間とする
「……」
 ぼくは何も答えず、ただ静かに宇宙船をにらみつけた。
 何がなんだか、いまいち判らない。ただ、少しだけなら、判る。
 つまり、あいつはたけるを人質に、キィをこちらによこせといっているんだ。
ひろと、すまない。わたしをはやく〈マザー〉のもとへ。こうなることは予測して然るべきだった
「キィ、うるさい。黙って」
 早口で話しはじめたキィに、ぼくは静かに呟いた。
 なんだ、これ。すげぇムカツク。すごくイライラする。なんだ、これ。
 こんなやり口、気に入らない。気に食わない。腹が立つ。
 ぼくにとって、たけるもキィも同じともだちだ。バグだとかチルドレンだとか、そんなの知ったことか。ただ、こういうやり方はひたすら気にくわない。気にくわない。気にくわない。
 誰かがまた思い出したように悲鳴を上げた。先生たちが口々に叫んだ。
「みんな、はやく体育館へ! 今警察を呼びました!」
 ――何人かが、あわてたように体育館へ避難する。
 いまさら、なんだっていうんだ? もう、たけるはあの〈船〉の中だってのに。いまさら、避難してどうなるんだ?
「片瀬」
 久野が、震える手でぼくのうでを握ってきた。ぼくはぎゅっとくちびるをかんだ。こーすけと目があう。こーすけも、ぼくと同じ目をしていた。
 こーすけが、無理矢理みたいにくちびるを歪ませた。にやりと、笑みを作る。
「ベスト・コンビ。見せたろや」
 ぼくも汗をぬぐって、同じにやり笑いを返した。
「久野。たけるを助けよう。けど、キィも渡さない」
 ぼくの言葉に、久野は震えを止めた。見上げてくるメガネの奥の瞳に、ひとつ頷いてやる。大丈夫。なんとかなる。こーすけほどは上手くできなかったけど、にやりと笑ってみせた。
「……うん」
 久野が頷いたのを合図に、ぼくらは一斉に走り出した。体育館じゃない。とりあえず、話し合うために大人が邪魔にならないところへ。一番近い教室――社会科資料室へ向けて。
「ひろと、こーすけ! おれたちも手伝うぞ!」
 不意に聞こえた後ろからの声に、ぼくは一瞬足を止めた。アキオだ。他にも、何人か。二組の奴も一組の奴もいる。たけると同じクラスらしい二年もいた。ぼくと久野とこーすけは顔を見合わせ、すぐに頷く。
「たけるを一緒に助けたい奴は、社会資料室で集合!」
 先生たちの止める声を振り切って、ぼくらは一斉に社会科資料室へと飛び込んだ。


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