第四章『大作戦』


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 資料室に飛び込んで、鍵をかけて。暗幕をしめて、窓にも鍵をかけた。
 集まったのは、ぼくと久野とこーすけ以外に、六人。アキオとゆうき、二組の男子が二人に久野と仲がいいらしい二組の女子も二人。さっきまで一緒にバスケをしてた一組の男子ヤスアキに、たけるのクラスメイトらしい二年坊主がひとり。
 ぼくはTシャツの中から鍵を引っ張り出して、早口でささやいた。
「キィ、出て来て!」
「――みんな、目を閉じて!」
 久野がとっさにそう叫ぶ。みんなが目を閉じたのと同時に、まぶたの裏を焼き尽くすような白い光が資料室を覆った。ぼくたちはさすがに少し慣れたけれど、他のやつらはそうもいかない。
 みんなが少し光にくらくらしているうちに、キィは現れた。
 色を付け忘れたホログラムみたいな、真っ白な体。きれい過ぎるほどきれいな顔立ち。だけどその顔は、今は少し傷ついたみたいに歪んでいた。
「すっげぇ……」
 アキオがたれ目を丸くしながら呟いた。その隣でヤスアキも、顔を赤くしてこくこく頷いている。ヤスアキが、ほとんど呆然としたようにぽつり言葉を落とした。
「すごいね……来て、良かった」
「ちょっとそれ、どういう意味?」
 ヤスアキの呟きに、久野の隣にいた滝口がきっと鋭い視線を向ける。上下に揺れたポニー・テイルはそのままヤスアキを叩く武器になりそうにさえ見えた。ヤスアキがあわてたみたいに首を振る。
「不謹慎だよ、加藤くん。あの子を助けるつもりがないなら、ここから出て行ったほうがいいよ」
 そのヤスアキをさらに追い詰めるみたいに、資料用の棚にもたれていた若松さんが小さく、けど冷たい声で言った。何か、意外かも。滝口はともかく、若松さんがこんな声を出すなんて、普段の教室の中じゃありえない。つまりそれだけ、普段とは違いすぎる事態だって事なんだろうけれど。
 滝口と若松さん、女子二人に言われて、ヤスアキはバツが悪そうに下を向いた。当然、その隣にいて最初に同じ発言をしたアキオも困ったような顔をしている。久野がその様子を見て、きゅっと眉毛を上げた。
「遥、由梨ちゃん。いいよ。今はもう、そんなバカなことで時間くってるひまないの。とにかく、ざっとだけ説明するけど――」
ぼくとたけるが鍵を拾ったこと。それを狙う変なやつらが現れたこと。キィとの出会い。最初は一抱えほどだった〈船〉のこと。キィと一緒に過ごした夏休みのこと。久野は早口で全部を説明した。少し早口すぎて、伝わるのかどうか不安にも思ったけれど、久野の話が終わるころには、ヤスアキもゆうきも、若松さんや滝口も真剣な顔になっていた。早口が、逆に久野の必死さを表したからかもしれない。
「たけるは、ぼくの弟みたいな奴なんだ。だから、どうしても助けたい」
 久野の説明になかったたけるのことを、ぼくは言った。この中の何人かは、たけるのことを知らない。
「うん。いい子だよね、古賀くん」
 頷いたのは、ぼくと同じ二組のゆうきだった。糸みたいに細い目で、ぼくを見ている。ぼくは一瞬まばたきをしてしまって、それから首をかしげた。
「……ゆうきって、たけると知りあいだっけ?」
「だよ。同じ縦割り班なんだ。じゃなきゃ、こないよ。ボクはヤスアキやアキオみたいに、バカじゃないしね」
 縦割り班――は、西小の中の制度で、一年から六年まで全部をあわせて縦に割る班だ。六年生が班長になって、下の学年を面倒見るって奴。縦割り班の遊びとか、掃除とかはこの班でやる。たけるとゆうきは、どうやらその同じ班だったらしい。知らなかった。
 とはいえ、その一言にはひたすらトゲがあって、言われたヤスアキもアキオも黙ってなかった。ケンカっ早いアキオなんかは、近くにあった椅子を蹴飛ばして、ゆうきを睨みあげる。ゆうきもゆうきで、睨み返す。こーすけが顔をしかめて、二人に静かに待ったをかける。キィが少し泣きそうな顔をして見えて、ぼくはそれが気がかりだった。
「やめいや、おまえら。今はそんなんどうでもええて亜矢子が言うたところやろ」
「だって、ムカつかない? こーすけ。ボクらは真剣なのに、この二人は単に興味本位だよ。ヤスアキなんて、単なる自分の趣味で来てるようなもんだろうしね――知ってるよ、ボク。こいつの趣味、オカルトなんだって。キモイよね」
「そんなの今は関係ないだろ!」
 ヤスアキが顔を真っ赤にして怒鳴った。それで、ふと思い出す。そういえば五年の二学期、ヤスアキがそれでいじめられていたことがあった。黒猫の死体を集めてるんだとか、そういうバカな噂も流れてた。ぼくだってヤスアキやアキオの態度が何となく嫌なのは同じだけど、それでもそのいじめられてた話を持ち出すゆうきもゆうきだ。
「同感。その二人、追い出したほうがいいよ」
「わたしもそう思う。わたしはあの宇宙船のやり方が大嫌いなの。わたし、自分の大切な場所を乱されるのがすごく嫌い。ああいうの本当に嫌なの。だからそれをふざけ半分でやってる奴は、もっと嫌い」
 滝口と、そして静かな口調でしっかり怒ってる若松さんの言葉がさらに油を注いで、次の瞬間、アキオがゆうきに飛びかかっていた。ヤスアキも、ほとんどがむしゃらみたいに飛び出していて、ぼくが待ったをかける余裕なんて欠片もなかった。イスと机と資料の本がガタガタっと派手な音を立てて倒れて、誰かが誰かに殴られる。蹴られる。その様子を見て、ぼくも久野もこーすけも、慌てて止めようと声をあげた。キィが静かに――ただ、静かに、小さく俯いているのがぼくは嫌だった。
「やめろよ! こんなとこでケンカすんなよ、こらっ、アキオ! ゆうきも、ヤスアキも!」
 何とか止めようとしたけれど、全く効果がない。何でこんなことやってるんだろう、とふとイラ立ちが心の中に生まれた――次の瞬間、甲高いわめき声が社会科資料室を攻撃した。

「いいかげんにしろおおおーっ!」

 ――シン。
 どでかい声にびびって、みんな一斉に黙り込んだ。それから、声の主に目を向ける。部屋の隅で今までずっと黙り込んでいた二年坊主が、両手を腰に当てて小さな体を大きく見せようとしていた。
 そいつの鼻が、ふんっと息をはく。
「ったく、ほんっとーに、六年はバカばっかなんだな!」
 ……分数が出来ない二年坊主に言われたかない。
「おまえらがどんな理由でいようとどうでもいいけど、たけるのこと忘れてバカばっか言ってんじゃねーよバカ六年。とにかくたける助けるぞバカ六年。わかったな、バカ六年」
 普段たけるとばっか一緒にいるから忘れてたけど、二年坊主はけっこうクソガキだ。久野はその言葉に小さく笑いを浮かべた。
「うん、バカだよね。こんなことでケンカしてても意味がないよ、みんな。とにかく、あたしはたけるくんを助けたいし、みんな協力してくれるからここにいるんでしょう? だったらもう、理由なんてどうでもいい」
 久野の言葉に、アキオもゆうきもヤスアキも、それから滝口や若松さんも少し気まずそうに顔をゆがめた。キィが少しだけほっとしたような顔をする。
「――それもそうだね。で、お前は……たけるの友達?」
 たけるのクラスメイトはぼくはあまり知らない。二年坊主に尋ねると、そいつはしっかり頷いた。
「たけると同じクラス。佐々木竜也。覚えとけよ、バカ六年」
「くそ生意気な二年坊主やな……」
「くそバカな六年ジジイがなんだよ」
 こーすけの言葉にしっかりリューヤが言い返す。ピシッとこーすけの笑顔にひびが入った気がしたけど、こーすけなりに必死にガマンしてるっぽかった。ぴくぴくこめかみを動かしながら、それでもなんとか平静を装ってるようだった。ちょっと苦しいけど。
「と、とにかく……リューヤの言う通りや。理由はどうでもええ。とにかく、助けるで」
 その言葉に、皆は気まずそうに顔を見合わせて、それから少しためらっていたけれどゆっくり決意を確かめ合うみたいにゆっくり頷いた。アキオが、ふざけた様子を一切やめて、静かに聞く。
「とりあえず、キィは宇宙人で……あの船がキィを迎えにきたってこと、だな?」
 アキオの言葉に、ぼくは頷いた。
「たぶんね。だけど、キィを渡すことなんて出来ない」
 もしそれでたけるが助かったとしても、残るのはたぶん後悔だけだ。
"しかし――
「キィ、教えて」
 何かを言いかけたキィをさえぎって、ぼくは白いキィに顔を近づけた。きゅっとこぶしを握る。
「言いたくないことだって、あると思う。だけど、教えてほしいんだ。たけるを助けなきゃ。だけどキィはあそこに帰るのはいやなんでしょう?」
帰るのではない。〈マザー〉は修復のために動いている。わたしを消すために
 ――消すために。
 キィの静かな一言に、ぼくは思わず目を瞬かせた。教室の中が、しんと静まり返った。誰一人として音も立てず、キィをじっと見すえている。先生たちが、教室の外から扉を叩く音だけが小さく響いた。
「キィ、それ、どういうことなの」
 少しの沈黙のあと、久野が震える声で言った。キィはわずかに迷うように黙っていたけれど、すぐにあの宇宙船と同じ秋の教室の声で話し始める。
わたしは本来ならば存在するはずのない異端の存在。わたしが存在しつづければ〈マザー・プログラム〉にも重大な欠陥となりうる。〈マザー〉はそれを危惧していて、わたしを受け入れることはないはずだ。だから〈マザー〉はわたしを消そうとしている
 キィの言葉は、やっぱりどこかあいまいすぎて判りにくくて。
「キィ!」
 少しいらだったぼくの声に、キィがぽつりともらした。
怖い
 ふいに漏れ出たその言葉は、予想していなかった言葉だった。キィはどこか不安そうな細い表情を見せている。
わたしはもともと存在していなかったものだ。だから、消えるのはある意味で当然なのに。判っているのに、でも、怖い
「……消えたくない?」
消えたくない
 ぼくの言葉に、キィは頷く。だけどすぐに顔をぼくに真っ直ぐ向けてきた。
けれど、そのせいでこの事態が招かれた。それはわたしにとって、そのこと自体が恐怖だ。ひろと
 キィの瞳は、相変わらず真っ白で。だけど初めてあった頃よりずっと感情の色が灯っていた。真っ直ぐ、真っ直ぐ、ぼくを見据えてくる。
早くわたしを〈マザー〉の元へ。そうすればたけるは戻ってくる。〈マザー〉は約束をたがえない
「……もし」
 こくんとつばを飲み込んで、ぼくはキィを見つめた。
「もし、キィを渡さなかったら――たけるは、どうなるの?」
不明。ただ、推測とすれば――〈マザー・プログラム〉の最終段階のための実験に使用できる
「実験……って」
「なんだよそれ、たけるどうにかなっちゃうの!?」
 悲鳴を上げたのはリューヤだった。若松さんやゆうきも、顔を白くさせている。
「宇宙船に捕まったら、何か体に埋められちゃうって――」
「うるさいよ、オカルトバカ! 不吉なこといわないでよ!」
 ヤスアキと滝口がまた口論をはじめそうになって、教室内がざわめきだす。
「そんなんどうでもええやん!」
 今度はこーすけが怒鳴った。こーすけは顔を赤くして、イライラした様子で机を叩いていた。いつものふざけた様子からは考えられないほど、真剣な顔で。
「そんなんどっちだってええやん。消えるの怖いとか、あたりまえやん。たけるがどうなるかなんて、今考えててもしゃーないやん。どっちも助かる方法考えたらええだけやん。助けようや。そのためにオレら、おんねんやろ!?」
 こーすけの大声に、みんな一瞬黙りこくって、ぼくは心臓をぎゅっとつかまれた気分になった。
 こーすけの視線が動いて、ぼくと合う。
「そやろ、ひろと」
 その言葉に、ぼくはぎゅっと一度だけくちびるを結んで、強く頷いた。
「――ああ」
「キィ」
 ぼくの頷きを見て、こーすけが今度はキィに顔を向けた。
「何とかして、たける助けるで。キィも消させたりせえへん。そやから、オレらに協力して」
あなたたちが〈マザー〉に対抗できる確率は――
「知るかいそんなん」
 こーすけが、イタズラをするときみたいな笑顔をみせた。
「なぁ、キィ。バスケやってても、無理やってときでもとりあえずゴールポストに向かって走ってくねん。そんで、無茶でもなんでも、シュートうってみんねん。入ったら儲けもんや。入らんかったらもう一回うったらええ。やってみな判らん。確率なんて、二の次やねん」
 ――だからか。
 だから、こーすけはいつでもゴールに向かっていくんだ。シュートをうつのはぼくじゃなくてこーすけが多いのは、そのせいなのかもしれない。こんなときにあれだけど、ちょっとだけ悔しかった。だけどそれ以上に、頼もしかった。
 こーすけとペア組んでたら、いつだってなんだって出来るって思えるのは、これだからだ。
 今回だって、同じだ。
 キィも、こーすけの言葉をじっと聞いていた。たとえがバスケじゃ、少し判りづらかったかもしれない。だけどこーすけの言いたいことは判ってくれたのかもしれない。
 キィは静かに頷いた。
判った。あなたたちに協力する
「よし!」
 こーすけがにっと笑った。ぼくらも笑った。大丈夫、きっと何とかなる。確率なんて、知ったことか。
 皆も同じに思ったらしく、社会科資料室の中にあった古い机を寄せてきて、皆そこに集まった。
〈マザー〉の出した時間まで、あと一時間と四十二分五十二秒〇七
「けっこう時間たっちゃったね。キィ、とりあえずぼくらはあの船へ乗り込むべきだよね」
 たけるは、あの中にいるのだから。
 だけどキィは少し迷ってから、首を横に振った。
今は、ノー。〈船〉は元々あなたたちが入り込むような事態を想定していない。入れるかどうか自体が不明。もし入れたとしても、〈チルドレン〉の免疫機能が働いて、排除される恐れがある
「チルドレン?」
〈マザー〉のための機能のひとつ。知能はほとんどない、プログラムのひとつ。あなたたちが対峙した『海賊』たちのことだ
 あいつらだ。ぼくは久野の顔をみて頷いた。アキオたちにもう一度簡単に説明してやる。
「でも二回、ひろとたちは逃げられたんだろ? 今回も大丈夫じゃね?」
 アキオの言葉に、ぼくも頷く。今この場にブレードはないけれど、いったん家に帰るか何かしてローラー・ブレードをはけば、逃げ切れる自信はある。こーすけのバスケの腕なみには、ぼくだってブレードに自信をもっている。
可能性はある。ただし、可能性は少しでも高くしたい
 キィはそう言って、少しだけ言葉を選ぶような間を置いてから続けた。
――まずわたしが〈マザー〉へとリンクする。わたしは〈チルドレン・プログラム〉とデータを共有しているから、そこで一度〈チルドレン・プログラム〉を撹乱する。それによって一定時間〈チルドレン〉を船外に出させて、わたしを追わせる。そうすることで〈マザー〉およびあの船内は手薄になる
 ……ええと。
 ぼくらは一瞬沈黙して、それからじぃっと視線を久野に合わせた。
「ちょっと、なんでみんな揃ってあたしを見るの?」
「亜矢子が一番頭良いから」
 滝口の言葉に、みんな揃って頷いた。久野は久野で、ああもうと小さく文句をいったけれどそのまま早口でつげた。
「ものすっごい簡単に説明しちゃうと、キィが自分をおとりにしてあの船内に入り込めるようにしてくれるってこと。だよね、キィ?」
うん。〈チルドレン〉が妨害しなければ、たける救出の確立は跳ね上がると思う。〈マザー〉自体には防護機能はないはずだから
 なるほど。それなら判る。というか、だったら最初からもっと簡単に話して欲しいけれど。
「でもそれなら、キィの危険が高まるんじゃないの?」
 アキオのとなりで静かに話を聞いていたゆうきが、ぽつりと言ってくる。キィのほうを見ると、キィはいたって平然とした顔で、ぼくとこーすけを交互に見て、言った。
何とかするのでしょう?
「――……」
 その言葉に、ぼくらは一瞬言葉を失って。それからぼくとこーすけは顔を見合わせて、二人同時にくちびるの端ににやっと笑みを浮かべた。
 言うじゃん、キィ。
 ぼくは授業を受けているときよりずっと早く頭を回転させて、パンッと手を打った。
「よし! 二手に分かれよう。キィをおとりにするチームと、その間にたけるを救出するチームだ!」
「リューヤ、お前の後ろにある棚から角野の地域地図とって! 滝口、そこのカラーペンいっぱい持ってきて!」
 ぼくの言葉に、こーすけがさっと動いた。こーすけの指示にあわてて地図を引っ張り出すリューヤと、カラーペンをもってくる滝口。それぞれ物を受け取って、みんなの中心にあった机に広げる。久野がイスに座って、地図の前に陣取った。赤ペンで、学校を見つけてぐるっとまるで囲む。
「今、ここにいる。〈チルドレン〉は出来るだけ〈マザー〉から遠ざけたいわ。キィ、あなたが〈チルドレン〉を撹乱できる時間はどれくらい?」
多く見積もっても約三十分。それ以上は〈チルドレン〉を繋ぎとめられない。〈マザー〉が異変に気づいて修正プログラムを作り出す時間がその程度だと推測した
 その言葉に、ゆうきが汚い字で黒板に『かく乱時間30分』と書いた。
「その三十分の間に鍵を取られたら終わりだ。そこでタイム・アップになる。三十分間は絶対死守しなきゃいけない」
 ぼくは首から鍵を外して机に置いた。
 つまり、三十分はめいっぱい使いたいわけだから、キィのあの魔法みたいなのも頼れないってことだ。ぼくらだけの力で、三十分、あいつらから逃げとおさなければ。
「三十分じゃそう遠い所にいけないよね。西小学区内か、せいぜい東小学区に届くかどうかじゃない」
 滝口のとなりにいた若松さんが言った。久野が青ペンで西小学区を、緑のペンで東小学区を大きくまるで囲む。ぼくらの西小学区の一番端は、海に面している――つまり、ぼくとたけるがすんでいる五番街が、実は学校から一番遠い番街だ。学校をはさんで反対側八番街、その向こうの東小学区になると、普通に歩いて三十分だ。
「全力で走りまくったら、東小の向こうぐらいにはいけるんじゃね?」
 アキオの言葉に、じっと地域地図を睨んでいたこーすけが待ったをかけた。
「いや、へたに判らん場所いかんほうがいい。それやったら、西小学区の中で勝負したほうが賢い」
「キィ、その〈チルドレン〉に弱点とかないのか?」
 何となくゲームじみたことを聞いたのは、リューヤだった。
地球上の重力は普段と違うから、それが弱点と言えば弱点かもしれない。衝撃にもそれほど強くない。以前、亜矢子が物を投げつけたことがあるが、あれより少し衝撃力が上がれば、足止めにはなる
「衝撃に弱いの?」
わたしたち〈チルドレン〉の映像は質量再生型の映像。ある一定の粒子密度を保っている。プログラムとしてさほど完成されているわけではないから、衝撃によって粒子がずれれば質量を失う
「聞かれる前に言っとくけど、とりあえず衝撃くわえれば触れなくなるってこと!」
 久野が自分から教えてくれた。とりあえず衝撃とかには弱いわけだ。
 ゆうきが黒板に『弱点・重力としょうげき』と書く。その下に『できれば西小学区で時間をかせぎたい』とも。
「ねぇ。その〈チルドレン〉ってどんな姿なの?」
 ヤスアキが、真面目そうな顔で聞いた。
本来〈チルドレン〉自体に姿はない。質量再生プログラムで現れる映像は、その時点で一番近い場所にいた人間の思考をそのまま再現する。また、三体までなら分裂も可能
 ――あ。
 その言葉に、ぼくは思い出した。そうだ。マフィアかもしれない、と言ってみたらマフィアの姿だった。たけるが散々海賊海賊騒ぐから、気付いたら海賊になって三体に増えていた。肩を叩かれたとき、ぼくはこーすけか、と思って振り返った。
「じゃあ、ザル蕎麦って思えばザル蕎麦?」
 いや、なんでザル蕎麦なのヤスアキ。
 久野が小さく吹きだした。
「走るザル蕎麦はみたくないけど……でも、それくらいへんなの想像してたほうがいいかもね」
「じゃ、おれもザル蕎麦って考えとこっと」
 アキオがそう言って、ゆうきがチョークで『変なの想像したら、それになる』と書き加える。
 ぼくらは少しだけ緊張がほぐれて笑みを浮かべた。
「よし。それだけ情報出たら十分や。あとは――」
 こーすけの言葉に、ぼくらは真剣な顔で耳を傾けた。


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