とりあえず日本国民はもうちょっと節操を知ったほうがいいと思う。

「よぉっし! がんばろー!」
 赤チェックのエプロンをつけたユキがぐっと拳を振り上げる。そしてそのまま、ニ、三秒硬直してこっちを向いてきた。
「チイはー?」
「いや。やりますけど。何でガッツポーズまでしなきゃならんの」
「気合」
「勝手に入れてろ?」
 にっこり笑って言うとユキの頬がぷくっと膨れていく。そういう表情が十六にもなって似合うあたりが、何というか羨ましい。
 赤チェックのエプロンも、なんだかポップなキッチンも、ふわふわの白いぼんぼりも、ユキは似合う。高校に入ってから仲良くなった子だけど、身長も低いし女の子っぽいし、あたしとは正反対のタイプだ。
 当然、明日の行事もユキには似合うんだろうけれど。
 ユキの家のカレンダーを見て、あたしは小さくため息を飲み込んだ。
 二月十三日。明日は……日本国民の節操のなさにちょっとげんなりするバレンタイン・デイなわけで。
 あたし、木戸知里。通称チイ。二年三組。今期から生徒会会長。
 本日の使命。
 バレンタインのチョコレートケーキ作り。

 ……胃が痛い。

 ◇

 そもそもの発端は昨日の放課後。ユキを含めて女の子同士でバレンタインのチョコレートを買いに行ったんだ。
 まぁここまではいい。いや、正直あんまり良くはないけど。こういう行事ごとに頭を捻るのは柄じゃないんだって。ただまぁ、うん。仕方ない。日本人無節操だから。許容しましょう。自分用のも買いました。
 問題は、だ。
「チイ、砂糖計ってー?」
「はいはい……」
 ――何故、手作り。
 正直、お菓子作りは面倒くさい。何がって、フィーリングじゃダメなのが面倒くさい。それでもまぁ一応女の子ですから多少はやりますよ。でも出来ればやりたくない。そして出来ればユキとはやりたくない。
「はいよ。六十グラム」
「う? あれ、チイ、クッキングペーパーの重さ引いた?」
 ……これだもんなぁ。
「……いいじゃん、一グラム二グラムくらい!」
「だーめっ! お菓子は分量命ー! ちゃんと計る!」
「じゃあ自分でやれっ」
「交代する?」
 はい、と包丁を渡される。……ああ、そうか。チョコレート刻まなきゃいけないのか。ああでもそっちのがまだマシか。
「あいあい。チイさんはそういう力作業のほうが向きますですよ」
 包丁を受け取るとユキはにっこり笑って、赤い秤を正面から覗き込む。一度のってた砂糖を降ろして、クッキングペーパーを一枚のせてからちまちまとメモリを弄ってる。……普段大雑把なのに、料理のときだけああいう細かい性格になるんだよね、ユキは。
 まぁいいか、と与えられた仕事をさくさくと進める。クーベルチュールチョコレートって結構硬いからこまごまとしか進まないけれど。
「チイは本庄先輩にどーやってあげるのー?」
 ……。自分棚上げで聞いてきやがったよこの小娘。
 前バ会長、本庄あきら。一応、彼氏さんだ。
「暗号でも仕込もうかと思ってる」
「暗号!?」
 ユキが大げさにびっくりしたように叫んで振り返ってきた。くすっと笑ってみせる。
「ただあげるのはつまんないからねー。なんか悪戯をしたいじゃん」
「……チイさん」
「何でしょうユキさん」
「バレンタインってそういう行事違う」
「知るか。そもそもお菓子会社の陰謀にのってる自分が恥ずかしいんだ」
 顔を顰めて答えると、ユキはけらけらと大声で笑った。
「チイ、かわいいなぁ」
「いや、待って。何がなんだか。……あんたは、ダンナ?」
「うんー」
 クラスメイトの男子だ。ユキの好きな相手。一年のときからずっと、だ。去年もあげてたけれど……。
「今年は義理とか嘘つかないようにねー」
「あああ、やーめーてーっ! いーわないでー!」
 このバカ娘。
 去年は頑張って本命チョコ作って、そのくせ渡すときに「超義理だよーん」とかふざけて渡しやがって自己嫌悪に陥っていた。今年は……どうなることやら。
「言うの?」
「うー……」
 呻いて、ユキは丸い目でこっちを見上げてくる。
「勇気ない」
「あんたずっとそれだね」
「だってぇ」
 ボウルに砂糖を放り込んでユキがため息をつく。
「……お菓子くらい簡単だったらいいのになぁ」
「告白?」
「うん」
「お菓子も面倒だけどなぁ」
 いいかげん手が疲れてきたのにチョコレートなかなか減りませんどうしてくれようこの塊。
「簡単だよ。分量さえきっちり量ればおかしくはなんないもん」
「分量ねぇ」
「きちっきちっと判りやすいじゃん。手順もあるし。でも、伝えるのはそうじゃないもん。手紙とか、は苦手だし書いてる途中に恥ずかしすぎて死ねそうだし」
「それは同意する」
「うん」
 へちょ、とユキが頭をたれる。
「チイはー? なんか、決めてないのー?」
「暗号」
「それはいいから。そして出来ればやめてあげて」
 ち。
 舌打ちをひとつして包丁をおく。
 ……実は、決めてることがひとつある。まぁ、暗号も実際なんかやれたら楽しそうだなぁとは思ってるけれど。
「――バ会長って呼ぶのやめるよ」
「えっ!?」
 チイがまた大きな声を上げた。
 ……そーなのだ。ずーっと奴が会長で、あだ名としてみんなにバ会長って呼ばれてたせいで、彼氏彼女になってもあたしはその呼び方のままで。
 でも、もういいかげん……会長、あたしだし。今。
 いいかげんちゃんと、彼氏彼女の関係として呼び方、考えてもいいと思ってる。
「……どきどきだね」
「死ねそうです」
「生きろ。そなたは美しい」
「古いわ」
 ぺしっとユキの頭を叩く。ユキは小さく笑って、それから傍においてあったレシピ本を見る。
「……がんばろっかな」
「お。告白?」
「うん。チイ頑張るのに、あたしが頑張らないのは不公平かなぁって」
 にこっと笑うユキは、本当にかわいくて。
 成功するといいなぁと、なんだか同い年なのに姉気分であたしはそっとユキの頭を撫でた。
「頑張れ」


 ポップなキッチンに甘いチョコレートの匂い。
 とりあえず日本国民は出来ればもうちょっと節操を知って欲しいけれど。
 女の子は節操の前に勇気が欲しい明日が来る。

 ――そういうのも、ありだよね。

Fin.

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30分小説参加作品。
テーマ「properly」(正確な、きちんとした、など)
その名のとおり30分で書いた…… いろいろありえない……orz