『その事件における供述より』




 ええ。そうです。神父様。
 聖書にかけて、十字架にかけて、主にかけて真実のみをお話することを誓いましょう。
 後に裁判になり、わたくしの有罪が決まろうとも、わたくしは逃げることなどいたしません。
 潔く処罰を受けましょう。それらが一連わたくしの罪であろうとも、それらは全てわたくしの愛であったのですから。
 逃げることなどいたしません。もしそのような事をしてしまえば、その愛をわたくし自身が否定してしまうことになりましょう。
 ええ。そうです。神父様。
 わたくしは罪たることを反省してはいないのかもしれません。その事に主はお怒りでしょうか。
 ええ。そうです。神父様。
 わたくしは今でもあのお方を愛しています。それが例え罪であろうとも。
 ええ。そうです。神父様。
 聖書にかけて、十字架にかけて、主にかけて真実のみをお話することを誓いましょう。
 時は今から七年前。
 わたくしがまだ年端もいかない幼子であった日から始まります。


 †


 わたくしの生家であるカラインドール家は、国内でも有数の貴族の家でありました。
 とはいえそれはかつてのこと。今のカラインドール家は貴族の名に縋るだけの没落貴族であります。尤も、あのお方はそれはお認めになろうとはされません。それはカラインドール家に仕える執事もメイドも知っていながら口を噤む、暗黙の了解と言うものになっています。彼等は頭が良いのでしょう。沈黙だけが彼等の命を救うことを知っているのです。もしもうっかりそのことを口にしているところをあのお方に見つかれば、どうなることか。沈黙だけが自らの命を救う掟であるのです。
 男爵位を頂戴したわたくしの曾祖父にあたるイラクリスは、かつての戦争で名をあげたといいます。ですが戦争がなくなって久しい昨今、また祖父、父ともに家を守り抜くほどの力は持ち合わせていませんでした。
カラインドール家は王制の傾きとともに地を這うほどに落ちぶれたのであります。
 そんな折、父はひとつの決断をくだされました。
 当時数えで七つであったわたくしを眺め見て、わたくしを使うことをご決断なされたのです。
 カラインドール家の衰退を止める事に。カラインドール家の復活のために。
 わたくしを当時可愛がってくれていたばあやも家庭教師も、それは反対したものです。父の一種異様なまでの貴族の名への縋りつきは、病的ですらありましたから、彼らも不安を煽られたのでしょう。そして何より彼等はわたくしを愛してくださっていました。ええ。そうです。神父様。わたくしは彼等にとても愛されておりました。
 わたくしを見て、神父様、貴方はどう思われますか?
 ――そうですか、神父様。貴方もそう仰ってくださるのですね。ならば話は早いでしょう。
 ええ。そうです。神父様。
 幼い頃のわたくしは、皆から天使のように美しい姫君だと愛でられたものでした。
 日に輝く金の髪、春の陽射しを身にまとった美しく愛らしい姫だと、そう言われたものです。あのお方は――そう、我が父はそれを使おうとなされました。
 王家との結びつきが強いヴィターリ家に、わたくしより二つ年上の男児がいたのです。
 もうお分かりでしょう? 神父様。
 ええ。そうです。神父様。わたくしの夫、ペトロスでございます。あのお方はわたくしをその家に嫁がせることを決められたのです。
 ですが神父様。ご存知でしょうか? 主の身元で日々教えを説く貴方様は、わたくしたちのような汚れた人種のことなどよく知ってはいらっしゃらないでしょう。
 ヴィターリ家とカラインドール家は、長い間犬猿の仲であったのです。
 当然でありましょう、神父様。戦争貴族でしかないわたくしたちカラインドール家を、王家の血筋が入っている正当な貴族家系のヴィターリ家が毛嫌いするのは無理もございません。ヴィターリ家を敵視していたのはむしろわたくしたちカラインドール家側ではありましたが、それは曾祖父の代から受け継がれているカラインドールの血の中の汚い澱み、妬みのせいに過ぎません。
 ああ。そうです。神父様。
 わたくしのこの血の中には、汚い俗世の穢れが流れているのです。こうして教会の中、主の御許にあったとしても、その澱みはまるで手足につけられた枷のようにわたくしを縛り付けて動かなくさせてしまうのです。
 そう。そうです。神父様。
 わたくしはあのお方の考えに、決められたことに従うことになったのです。
 従う以外に選択肢があったと思いますか、神父様?
 ええ。そうです。神父様。
 わたくしはまだ幼子でありました。ですがそれでも真剣にあのお方を――我が父を愛しておりました。
 母はむしろわたくしを嫁に出すことに賛成しておりましたわ。嫁がせれば、父の下からわたくしはいなくなるわけですから。
 ええ。そうです。神父様。
 母はわたくしに対して女として嫉妬していたのです。
 ですが、神父様。人の愛とはどうしてこうも上手くいかないものでありましょう?
 そうです。血の繋がった父を愛してしまうことを、主はお許しになられないかもしれません。しかしそれは大した問題ではありません。ああ、神父様。これも罪でありましょう。わたくしは罪の中で生きつづけるのであります。
 問題は、ただひとつ。父はわたくしを愛してはくださらなかったのです。
 父と肌をあわせている間も、そうです、神父様。愛はありませんでした。
 わたくしは父に愛されたかった。あのお方の愛を一身に受け止めてみたかった。それは幼子の父への愛情であり、一人の女としての愛でもあったと自負しております。おかしいですか、神父様? 数え七つの幼子が、一人の女としてあのお方を愛したなどと、滑稽ととられますか? ええ。そうでしょうね。神父様。
 ですがこれが真実なのです。
 わたくしは父に愛されたかった。
 ただ、愛が欲しかったのです。
 ヴィターリ家に嫁ぐのは、わたくしにとって挑戦であったのです。そうして全てがあのお方の望むままになれば、あのお方は愛を、少なくとも感謝をわたくしに向けてくれると信じたのです。
 しかし、神父様。それはとてもつらいことでありました。
 ええ。そうです。神父様。
 わたくしはまだひとつ、罪を犯しております。
 数え十三になったとき、わたくしはペトロスと結ばれました。婚礼の儀を執り行い、正式にヴィターリ家に嫁いだのです。わたくしは主の御許で嘘をつきました。それがまだひとつの罪でありましょう。
 わたくしはペトロスを愛してなどおりませんでした。
 愛せるはずがありましょうか、神父様。ペトロスとの婚礼は、あのお方への愛のための道のり、それ以外に意味などありませんでしたから。
 ペトロスを愛することを誓いますと、主の御許で口にいたしました。ですがあれはわたくしの本心ではありませんでした。
 わたくしが愛したのは愛しているのは、今でもすっとあのお方、アヒレアスただ一人なのです。
 ああ。神父様。ここでもう一度誓わせていただきたい。わたくしは病める時も健やかなる時も、アヒレアスただ一人を愛しつづけると。
 ヴィターリ家に嫁いだ後も、わたくしは苦しみました。やはりわたくしを快く思わない人たちはいましたから。
 それでもわたくしは十三になる頃には人が振り返らざるを得ないほど美しく成長しておりました。これは神の慈悲でありましょうか。
 それだけが、その外見の美しさだけがわたくしを救ってくれるものでした。
 ペトロスと床を共にしても、浮かんでくるのはアヒレアスただひとり。アヒレアス、我が父の、あのお方の姿ばかりでした。
 ああ。それがどれだけつらいことか。苦しいことか。罪深きことか。神父様、貴方はお分かりになられますか?
 とても苦しかった。苦しかったのです。神父様。
 信じておりましたわ。ペトロスと肌を合わせることが、あのお方への愛だと。愛のためだと。愛されるための試練だと。そうして全てが上手くいけば、カラインドール家が復興すれば、アヒレアスの愛を受けられるのだと。
 信じておりました。
 ですが、神父様。ええ。そうです。神父様。
 もう今になってはお笑い種に過ぎません。
 昨日、カラインドール家は男爵位を剥奪されました。父のわたくしへの愛が――愛だと信じさせてください神父様――娘と寝ていたということが、敬虔な神の信者であった国王に知られてしまったのです。国王のお怒りはそれは酷いものでありました。
 ですが、神父様。ええ。そうです。神父様。
 我が夫ペトロスは、わたくしを愛していたのです。
 わたくしにまで伸びた罪の名を、彼は最後まで庇って下さいました。結局はこうして、神父様、いま貴方の前で真実をお話しているわけではありますが、ですがわたくしは嬉しゅうございました。ええ。神父様。わたくしはペトロスを愛してなどおりません。ですがこの気持ちは本物です。

 ――ああ。教会の鐘が鳴り響き始めましたね、神父様。
 そうです。全てお話した通りです。
 あら。神父様。まだわたくしに聞いておきたいことがあるのですか?

 ――父を殺した理由、ですか?
 あら。神父様。お分かりになりませんか? わたくしはとてもアヒレアスを愛していたと告げたはずですが。ええ。そうです。神父様。愛していました。愛していました。
 ですから、我が手にかけたのです。
 ええ。そうです。神父様。
 そうすればアヒレアスはわたくしだけの人形になるでしょう? わたくしに愛を囁いてくれる、わたくしだけのものになるでしょう?
 わたくしは知ったのです。それが、彼に愛される方法だと。わたくしの試練の道は開けたのです。
 どうされたのですか、神父様。
 どうしてそんな哀しげな目をされてらっしゃるのですか?
 わたくしはアヒレアスを、我が父を愛しています。ええ。今でも。
 教会の鐘の音が響いていますわ、神父様。もうそろそろ時間ですね。

 ええ。そうです。神父様。
 聖書にかけて、十字架にかけて、主にかけて真実のみをお話したこと誓いましょう。
 後に裁判になり、わたくしの有罪が決まろうとも、わたくしは逃げることなどいたしません。
 潔く処罰を受けましょう。それらが一連わたくしの罪であろうとも、それらは全てわたくしの愛であったのですから。
 逃げることなどいたしません。もしそのような事をしてしまえば、その愛をわたくし自身が否定してしまうことになりましょう。
 ええ。そうです。神父様。
 わたくしは罪たることを反省してはいないのかもしれません。その事に主はお怒りでしょうか。
 ええ。そうです。神父様。
 わたくしは今でもあのお方を愛しています。それが例え罪であろうとも。
 ええ。そうです。神父様。
 聖書にかけて、十字架にかけて、主にかけて真実のみをお話したことを誓いましょう。



 ――マリア・ヴィターリの供述より


Fin,









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