■終章:天才魔法使いの天災な弟子


 再度トスティナとミズガルドが王城に呼ばれたのはそれから二週間後だった。
 ミズガルドの背中の傷はまだ万全ではなかったが、まぁいいでしょう、とネロの判断で城に上がった。ユークリッドはここ数日忙しかったのか、少し顔色は良くなかったが彼らしく笑って出迎えてくれた。
「カーラから報告は聞いてるよ。ご苦労様。あとで褒美は家に届けるからね」
「それは……」
「受け取ってくれないと泣き喚くからね。ま、それはそれとして。今日君たちを呼んだのは報告のためさ」
 ユークリッドが腕を組んだ。
「まずはマイセル。今回の件に加担したのは【国王の為の】からは彼ともう一人がいたみたいだ。どっちも【国王の為の七人】のうち。特に彼は首謀ではあったみたい。宮邸審理会にかけられることが決まったよ。まぁ、僕の失態でもあるからそのあたりも加味して刑は決めようと思っているよ」
「はい」
「悪いようにはしないさ」
 ひょいと肩をすくめてユークリッドは言った。
「それから、あとは改めてのお願い。今回の件も踏まえて、だけど。さてと、これで【国王の為の七人】に空席が出来てしまった。ミズガルド。トスティナ。入って欲しい」
「……え」
 目を瞬いて、トスティナはぽかんとユークリッドを見上げた。
「わ、わたし?」
「うん。君も。あ、前に行ったアレは、今回のでちょっと先のばしになっちゃいそうだけど諦めてはいないよ。それはそれとして。【国王の為の七人】に入って欲しい」
 くすりと笑い声が聞こえた。声の主はミズガルドだ。俯いたまま、笑いを噛み殺しているようだった。
「……先生?」
「いや。……失礼。ユークリッド王」
「うん」
「彼女はまだ、未熟です。とてもじゃないが宮廷魔法師には成り得ないですよ」
 そこまではっきり言われるとは思わなかった。
(その通りです……けど)
 思わず俯いたトスティナの頭に、ぽんと重みが乗った。ミズガルドの手だ。
「ですので。まずは学ばせます。徹底的に。そのあとはこの子の意志しだいで」
 顔を上げた。呆れたように笑っているユークリッドを見てから、トスティナは隣に視線をやった。ミズガルドが苦笑している。
「あっ、あの! ユ……王様」
「ユウでいいよー」
 しれっと言われるが流石にそうはいかない。あは、と曖昧に笑って誤魔化してから、トスティナは笑顔を浮かべてみせた。
「わたし、未熟なんです。だから、ちゃんと一人前になります。先生に学んで」
 その言葉に、ユークリッドもまた苦笑した。お手上げ、というように手を挙げる。
「判った。待てということだと理解するよ」
「はい。――お願いします」



 街を出て、ゆっくりと森へと向かう。街を行く間、通りすぎる人たちがトスティナを振り返ってきた。緑の髪が珍しいのだろう。
 けれど今は、人の目も気にならなかった。この髪色も、好きになっている。
 街から森へは距離があるが、まだまだ日は高い。馬車でなくても、ゆっくり歩いていけばいいとミズガルドが言い出した。暫く寝込んでいたのでリハビリも兼ねたい、とのことだった。
 二人並んでゆっくり歩いて行く。
 スレヴィの死の森は、この数日ですこしずつ色を変えてきていた。特にトスティナが何かをしたわけでもなかったのだが、地の民であることを自覚したせいなのだろうか。白い葉は、ところどころ緑の色を纏い始めている。
 その森の中をゆっくり、歩いて行く。そんな時間が幸せだった。
 不意に風が吹いて、アグロアがそこに浮かんでいた。
「散歩かィ?」
「はい。アグロア。気持ちいいですね」
「だァねィ」
 にこにこと、嬉しそうにアグロアが笑う。あの一件でも、死者は一人も出なかった。アグロアはこの二週間、何度もその感謝を口にしている。
「アグロア。お前も王に呼ばれていただろう」
「ちぇ。知ってンのかィ?」
「え、そうなんですか?」
「だァッてオイラ、めんどくせェのはヤーだもんサァ!」
 ケケッと笑って風の姿が掻き消えた。まったく、と隣でミズガルドが嘆息した。
「君もアグロアも、困ったやつらだ」
「え。わ、わたしも、ですか?」
「そうだ」
 断言された。思わず足を止めてしまうが、ミズガルドは先に進んでしまう。慌てて追いつくが、隣に並ぶのは少し気が引けて一歩後に並んだ。
「先生?」
「再び街に足を踏み入れることなんて考えていなかった」
 どことなく不機嫌そうに、ミズガルドが言う。
「はいー」
「しかも王子……じゃない。王と会うなんて考えていなかった」
「はいー……」
「その上また【国王の為の七人】に呼ばれるなんて夢にすら思っていなかった」
「はいー……」
「隠居生活でいいとおもっていた」
「はいー……」
 愚痴だった。たしかに、ある意味トスティナが招いたことかもしれない。そこまで言って、ミズガルドは足を止めた。少し反応が遅れて、トスティナは彼の背中に鼻をぶつけてしまう。
「せん……」
 振り返ったミズガルドが、ぐしゃりと頭を掻き回してきた。視線を合わせるように、わずかに腰を落としてこちらを覗き込んできた。
 少し、悪戯めいた黒瞳が揺れていた。
「まったく。降って湧いた災難みたいなものだ。全部君のせいだな、トスティナ」
「先生」
 顔が近い。頬が赤くなった。冗談なのか、悪戯めいた苦言なのか判らなかったが――怒っては、いないようだ。
「まったく君は。――本当に“天災”だな」
 やさしい、皮肉めいた言葉に――
「はいっ」
 トスティナは破顔していた。ミズガルドが無言で手を差し伸べてくる。そっと手をつなぐ。
 並んで再び歩き始めた。あの、小動物の溢れる騒々しい家へ。そこが、帰る場所だから。
 顔を上げた。
 緑と白の葉のむこうで夏空が輝いていた。
 心地よい風が吹いて、天災と呼ばれた少女は天才と呼ばれる魔法使いの隣でそうっと目を閉じた。

――Fin.