第四章『大作戦』


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 こーすけと一緒に練った作戦はこうだった。
「ええか。真っ向から勝負しても敵わん事は判ってる。頭つこて、手持ちの札全部フル活用するんや」
 あの薄暗くなった社会科資料室で、地域地図を前にこーすけは言った。
「あいつらに俺らが絶対勝てンのは地理や」
「ちり?」
「そや」
 リューヤの言葉に頷いて、こーすけはぼくらをじっと見た。バスケの作戦を練るときと同じように、口を手で覆いながら、ゆっくり言葉を選びながら言う。
「角野のことは角野っ子が一番よう知っとる。それを利用すんねや」
 言いながらこーすけは、色とりどりのマーカーペンをみんなに手渡す。
「おまえら、どんな細っこい道でもええ。知ってる道全部教ええ。このさい道やなくても、段差とか登れるとかそんなんでもええ」
 ぼくらはこーすけの言葉にしたがって、知っている道を全部地図に書き込んでいった。
 裏道、抜け道、細い道。穴があいてるフェンスとか、飛び越えられる塀とか、つたって渡れる木とか屋根、全部だ。
 地図が赤ペン青ペン緑ペン、いろんな色でぐちゃぐちゃになった。それを睨んで、こーすけがうなる。
「なんや、オレの知らん道もけっこうあるな。これだけ出て来たら上等や」
 こーすけは地図を見て、あーでもないこーでもないと呟いた。
 ぼくもとなりから地図を覗き込んで――ふとひらめいてある点を指した。
「こーすけ、ここ使おう」
 こーすけが目を丸くした。
「ここ使おうておまえ……」
「ぼくがやるよ」
 ぼくが手短に案を説明する間、こーすけもみんなも真面目な顔で聞いていた。
「できんのか?」
「――ああ」
「そんなん成功させたら、ウルトラEやで」
 真面目な顔のこーすけの言葉に、周りが一瞬しんと静まった。
 皆の視線がぼくに集まる。ぼくはぞくぞくした空気を感じて、にやりと頬をゆがめてみせた。
「やってやるさ」
 沈黙は、ほんの少し。
 それから、こーすけがぼくと同じにやり笑いを浮かべた。
「オーケイ、ひろと。おまえにかけるわ」
 その言葉に周りがわっと沸いた。
「すっげぇ、ひろとかっこえー!」
「マジで? マジでやんの!?」
「よし、じゃあこないしよ! ひろとの案にのろう!」
 こーすけがパンッと手を叩いて、細かいチームわけを黒板に書きなぐった。
「ひろとの後はオレが継ぐ。その前はおまえらや。角野町大リレー作戦や!」
『おっしゃあー!』
 皆が声を上げたけど、地図と向きあっていた久野だけが小さくぽつりと言った。
「ダサ……」
 ……うん、まぁ、ぼくもちょっと、そう思った。

 そして――
 ぼくは今、空を跳んでいる。
 入道雲が浮かぶ真夏の青空に抱かれるみたいに、一瞬気持ちいいくらいの浮遊感。次の瞬間には、急速な落下感に包まれる。
「ひろと、こっちや!」
 恐怖に心臓が置いてきぼりになるような感覚の中、ぼくは空中で必死にバランスを取りながら身をひねった。すぐ下の細い道。マウンテン・バイクにまたがっているこーすけの顔が、見えた。
 そのこーすけに向かって、手にしていた鍵を力いっぱい――なげる!
 ぼくは落ちる。
 地面が迫る。
 鍵は弧を描いてこーすけのもとへ。
 膝を緩めて衝撃に備える。
 鍵に向かってこーすけが手を伸ばした。その指先がひもに引っかかる。
 コンクリートが、目前に迫った。
 こーすけが、鍵を――ナイス・キャッチ!
 それを確認した瞬間、全身に強い衝撃が来た。ローラーが勢い良く滑る。バランスを――やばい!
 とっさに手をついた指先が、焼けたコンクリートでむけた。熱い!
 だけど、手袋をしていたことが幸いして、怪我は指先だけですんだ。そのまま、バランスを崩して倒れこむ。
 ――ずざざっ!
 横滑りしたぼくの体から、派手な音が散った。
「ひろとお!」
 地面に体を打ちつけたまま、声のほうに顔を向ける。
「後はオレに任せえっ!」
 こーすけが鍵を掲げて叫んだ。
 ぼくの後を追って、いちごパフェが落ちてくる。押しつぶされないように、転がってよけた。
 べちゃり! と鈍い音を立てて、いちごパフェは地面で潰れるみたいに広がった。
 キィの言う通り、弱点は重力と衝撃なら、高いところから飛び降りれば効果は上がるはずだ。それが、ぼくの考えだった。
 いちごパフェは一瞬色を失ったように透明になる。
 そのときには、こーすけはマウンテン・バイクにまたがってペダルを強く蹴って走り始めていた。すぐにその背中は、ひまわり畑の向こうへ溶けていく。
「片瀬!」
 甲高い声と同時に、パンパンっと軽い音がした。すぐにばらばらと色とりどりのBB弾が落ちてくる。自転車にまたがったままの久野が、BB銃を構えてすぐそばにいた。
 ぼくは転がるように久野のそばに行き、そのかごからブーメランとロケット花火をひっぱりだす。ブーメランを投げつけて、ロケット花火に火をつけて、手に持ったままいちごパフェに向けて撃った。衝撃に一瞬、体が後ろにもっていかれる。熱い。
 真昼の海のそばで、花火が咲いた。
「片瀬、怪我は!?」
「ない、大丈夫!」
 足もくじいていない。擦り傷は少しおっているけど、それだけだ。
 久野は頷いて、BB銃の残りの弾を全部いちごパフェに撃った。ここで出来るだけ足止めをするのが、ぼくと久野の役目だった。
「急ごう、片瀬。あとはこーすけに任せよう」
「ああ」
 こーすけなら、大丈夫だ。ここまでで、キィがあと〈チルドレン〉を撹乱できる時間は二十分になっている。時間がない。ぼくは頷いて、また体勢を立て直した。心臓がまだ少し、ドキドキいっている。
 すぐそばの海が、太陽に反射した。久野が自転車を漕ぎ出すのを見て、追いかけるために地面を蹴る。
 もしかしたら、もう電波は届かないかもしれない。
判ってたけど、ぼくはおもちゃのトランシーバーを使ってこーすけにささやいた。
「任せたからな、こーすけ」

 ローラー・ブレードを蹴って、久野の後に続く。
「遥が知ってたの、ここの抜け道。真っ直ぐ行けば、学校前の大通りにつくよ」
 あの地図に書き込まれた抜け道だ。いちごパフェはもう、ぼくらを追ってこない。鍵とこーすけを追ってるはずだ。後二十分。こーすけ、逃げ切ってくれ。
「はい、久野です」
 トランシーバーで久野が誰かと連絡を取り合っている。ぼくまで鍵をつなげてくれたほかのメンバーは、学校まで戻って、今度はぼくと久野が突入するための準備をしてくれているはずだ。手はずでは、一番先にたけると面識のあるリューヤとゆうきが入れるなら入る、となっていたはずだけれど――
「捕まったの!? なんで!? え? ――警察ぅ!?」
 久野が素っ頓狂な声をあげた。
 ちくしょう、警察か。先生たちが呼んだんだろう。
 恐らくは宇宙船を取り囲んで、なんだか物々しいことになっているはずだ。どうせならそのまま突入してたけるを救出して欲しいところだけど、絶対すぐに入り込むなんてことはしないんだ。大人ってバカだから、取り囲んで出て来いとか言っているんだろう。
「だったら巻き込んで突入しちゃえば!? ああ、もう、ほんっとバカ! え、ひろと? どうしよう、ひろと!」
 久野が自転車をこぎながら振り返って来た。
 ひろと。
 ぼくの目が丸くなってることに気付いたんだろう、久野があわてて言い直す。
「――って、三嶋が……言ってるんだけど……どうしよう、片瀬」
 ぼくは小さく笑って、前を指差した。
「前見て運転したほうがいいよ。それから、ひろとでも片瀬でもどっちでもいい」
 久野があわてて前を向く。その背中を追っていると、すぐに学校が見た。なるほど、近道だ。
「突破しよう」
「突破って……どうやって」
「気合」
 きっぱり言い切ったぼくに、久野が一瞬黙った。
 学校の門に向かいながら、呟く。
「あたしね、男子ってバカだ、とくにこーすけはてきとうでアバウトで、やっぱりことごとくバカだって思ってたんだけどね」
「うん?」
「片瀬も、相当アバウトでてきとうでバカだよね」
 その言葉に、ぼくも一瞬考える。
「こーすけにうつされたんだよ」
 久野が笑って、トランシーバーにささやいた。
「突破するから、一瞬でいいから道つくって」
 少し、間がある。たぶん『どうやって?』と訊かれたんだろう。
 久野が言い切った。
「気合」
 校門を――ぬけた! ぼくは笑う。
「久野も十分てきとうでアバウトでバカじゃん!」
「あんたたちにうつされたの!」
 自転車とローラー・ブレードで校庭に向けて走り抜ける。
 なんだかすごいことになっている。パトカーがたくさん、銀色の〈船〉を取り囲んでいた。警察官も、たくさんいる。みんながぼくらを見つけて大きく手を振った。
「危ないから下がりなさい! とまれ!」
 警察官の叫び声を無視して、ぼくと久野はスピードを上げた。校庭は砂だから、少しローラーが上手く回らなかったけれど。
 みんながそれぞれ、手に持っていたなわとびやらスーパーウォーターガンやら割り箸鉄砲やらを一斉に警察に向けて使い始めた。ゆうきが爆竹を鳴らす。
 パンッ、パパパパパンッ!
 耳をつんざくような音に、全員が一瞬ひるんだ。その隙を逃さず、ぼくと久野は宇宙船に向けてスピードを上げた。銀の壁が、ぐにゃっと歪んで、不思議にぼくらを受け入れるように広がった。
「ゆうき、ナイス!」
 すれ違いざまに、ぼくはゆうきとぱちんと手を打ち合わせた。
 そのまま久野と二人、宇宙船の中へ飛び込んだ。
「がんばれよ、ひろと!」
 ゆうきの声と同時に、壁は音もなく閉まり――

 そして、辺りは真っ暗闇につつまれた。


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