第六章『大脱出!』


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「久野! 情報を整理しよう。何か、ヒントがあるかもしれない」
 ぼくの言葉に久野は一瞬目を開いて、それから大きく頷いた。
 未だに壁を殴りつけているこーすけを呼んで、ぼくらは今まで判った情報のかけらを言いあった。
 久野が転がっていたたけるの手提げかばんを引き寄せて、その中からプリントとエンピツを取り出して書きとめる。

 ぼくらがここから出るには〈マザー〉の承諾が必要。
 ぼくらは〈マザー〉にとって有効な実験体となりえる。
 この『母なる計画』は、地球をいつかの惑星と同じように変化させるためのもの。
 この〈船〉の中には『母なる計画』の最重要となる、知的生命種の『種子』が凍った状態で保存してある。
 その『種子』を解凍して、生き延びる環境を用意するのが『母なる計画』の最終目標。
 ぼくが今握っている鍵は、『種子』が保存している場所の鍵。
 そして〈マザー〉のバックアップデータ。
 今目の前にいる〈マザー〉は最後の十二人が溶けあったプログラム。
〈チルドレン〉は〈マザー〉が作った調査端末プログラム。
 ひとつの惑星を調査するたびに作り上げて、調査が終われば自然に消滅する。
 通常〈チルドレン〉はひとつの惑星にひとつのプログラム。感情は持たない。三つまでに分かれることが出来る。

 ――あれ?

 ぼくは一瞬口をつぐんだ。
 何だろう。何か――ひっかかる、気がする。

 ぼくが一瞬考え込んだ間にも、久野とこーすけ、それからたけるも一緒になって、判ったことを全部並べ立てていた。
 そして〈船〉はその間にも、ぐんぐん上昇を続けているはずだ。――こっちは、考えないようにしておこう。まだ大丈夫。体浮いてないし。

 いつかの惑星(久野はややこしいからといって『わく星・□』とかいた)は恐竜と同じように寒さによって滅んだ。
 海賊なのかいちごパフェなのか――ようするにあれが〈チルドレン〉。キィも同じ存在。
〈チルドレン〉は、外観を持たない。必要に応じて、一番近くにいた人間の考えを再現する。
 キィはそうじゃなかった。自分で考えて、姿を作った。
 キィの場合、姿を出せるのは四十分がタイム・リミット。充填のために、その後最低五時間は必要。
〈マザー〉は〈チルドレン・プログラム〉のバグであるキィを消そうとしている。

 そこまで、書き連ねて。
 感じていた『ひっかかり』の正体に気付いて、ぼくは思わず声をあげていた。

「待って!」
 久野が、ぴたりとエンピツを止めた。
 ぼくは頭の中に浮かんだその正体が消えないうちに、と早口で説明をはじめる。
「何個か変なところがある。ええと……〈チルドレン〉は、ひとつの惑星を調査するのに、ひとつのプログラム、何でしょう? で、調査が終われば自然に消滅する。だったら、なんで――海賊たちとキィが、同時に存在しているの? 両方とも〈チルドレン〉だとしたら、その時点でおかしいよ!」
 ぼくの言葉に、久野がはっと目を見開いた。
「それよ! 違和感の正体! それに――〈チルドレン〉は外的要素を持たない、ってことは……よく判んないけど、電波とかそういう奴ってことでいいのよね? だとして、どうやってあのヘンタイ……〈チルドレン〉は姿を現していたの? キィは鍵から……なんだろ、鍵を『核』にしていた気がするの。じゃあ、他の〈チルドレン〉は?」
「〈マザー〉じゃないの?」
 目の中にいっぱいはてなマークを詰め込んだまま、たけるが口にする。
「だったら何でキィだけ鍵やねん? キィも〈マザー〉から直接やないん?」
 頭をわしゃわしゃかきむしっていたこーすけの言葉に、ぼくと久野はぴんときた。顔を見合わせて、頷きあう。
「鍵だ」
「うん」
「ちょう待て! わからん!」
 あわてたみたいにこーすけが頭を抱えた。久野はプリントとエンピツを手提げかばんの中につっこんで、たけるに手渡しながら早口で説明した。
「だから、鍵は何だった? ってこと!」
「何って――『種子』を保存している場所の鍵で、それから〈マザー〉のバックアップデータ、やろ」
「そういうこと!」
「だあああっ、そやから判らんて! お前これ、体積の問題よりむずいやん!」
 こーすけが算数苦手すぎるだけ、ってわけでもなさそうだ。ただ、すぐ通じないことに少しイライラしながら、ぼくはこーすけとたけるに言った。
「つまりキィは――〈マザー〉そのものじゃなくて、〈マザー〉のバックアップデータから派生した〈チルドレン〉じゃないか、ってこと」
 ぼくは握っていた拳をといてこーすけの前に出した。手のひらの中、金色の鍵が静かに存在している。
 ひとつ浮かんだ疑問が、また別の疑問を掘り返してくる。そして、ひとつひとつ、想像だけど答えも見つかってくる。
「一番最初にキィとあった時、覚えてる? 星座の宿題って言って外に出た夜のこと」
「え? あ、ああ」
「あの時、キィは姿を現したでしょ。それが変だって思わない? あの時キィはタイム・アップだっていって消えたけど、ぼくらの前に現れたのはせいぜい五分くらいだった。四十分じゃない。で、一回現れたら五時間充填時間が必要っていってたけど――あの日は、せいぜい二時間くらいしかたってなかったはずだよ」
「ごめんなさいオレにも判るように説明してくれると、こーすけくん嬉しい」
「推測だけどね」
 久野がぼくらの会話に割り込んだ。メガネのフレームを直しながら、それこそ先生に当てられた問題が得意の奴だったときみたいに言う。
「あの時キィが姿を現したのはイレギュラーだったんじゃないか、ってこと。普段の方法じゃなくて――そばに〈船〉があったでしょ? ようするに〈マザー〉が。普段は鍵のほう……バックアップデータのほうで行っているのを、そのときだけ〈マザー〉から直接立体映像をあらわすのに力を借りたんじゃないかな。だから、時間が普段よりずっと短かった」
 あくまで想像に過ぎないけど、でも完全に可能性がゼロってわけじゃない。むしろありうる話だって思った。
「今だってそうじゃない。四十分は絶対、たってたよ。だけどキィは消えなかった。――バックアップデータが〈マザー〉と一緒にあるときは、充填する必要がない、んじゃない? だから、ずっと姿を保っていられた」
「たける、よくわかんないけど……」
 たけるが、困った顔でぼくらを見上げてきた。
「鍵と〈マザー〉は別々だってこと?」
 ぼくは頷いた。
「バックアップデータ、だから完全に別々ってわけじゃないと思うけど、一定期間ごとに〈マザー〉とリンクしているってことじゃないかな」
「いつもリンクしてるんちゃうん?」
「それだったらバックアップの意味がないよ。〈マザー〉のほうにバグが起きたときに、鍵のバックアップデータを上から載せて正常なときに戻すんじゃないの?」
 テストの答案間違えたときに、正解のほうを使うのと同じはずだ。正解のプリントと答えようのプリントが完全にいつも同じように繋がってたら、答えを間違えたら正解だって間違いになる。それは意味がない。だからたぶん、正解の状態のまま、少しずつバックアップをとっていって、答えが間違ったら正解を使うはずだ。
 今回は、その正解のプリントのほうが先に、バグを起こしたってこと。
「だとしたら」
 こーすけがふっと真剣な顔をして、考え込むように手で口を覆った。
「――〈マザー〉があかんようになっても、鍵は大丈夫な可能性があるってこと、やな?」
「うん。だから」
 ぼくは頷いて、久野とたける、こーすけを見ていった。
「この鍵さえ守り抜けば、〈マザー〉が壊れても、キィは大丈夫のはずだ」
 その言葉に、ぼくらは何とかなる――『気合』の方法を見出したみたいに、力いっぱい頷きあった。
 キィは――キィ自身は、もしかしたらそのことに気付いていなかったのかも、知れない。自分は〈マザー〉から分離した〈チルドレン〉だって思っているのかも、知れない。
 可能性はゼロじゃない。ただ、百パーセントでもない。ほとんど賭けだ。だけど、何もしないよりずっといい。
 もしかしたら〈マザー〉が壊れた段階で、鍵も壊れるかもしれない。キィはたぶん、このことを考えていたんだ。
 だけど、そうじゃない可能性もあるんだ。その可能性は、きっと、ゼロじゃない。
 ゴールが遠くても、シュートを打ってみなきゃ、入るかどうかなんて判らないんだ。
 たけるがもっていた手提げかばんを、リュックサックよろしく背中に背負う。久野がちらりと緑色の〈壁〉を見て、小声で囁いた。
「とにかく〈マザー〉を壊そう」
「あの壁、めっちゃ強いで。爆竹とか花火とかもってへんか」
「全部使っちゃったよ。――でも、なんとかなるんじゃないかな」
 ぼくはそっともう一度鍵を握り締めて、それから首にかけなおした。
 首元で揺れる鍵の感触は、夏休み中そばにあったそれで、何でかほっとした。
「バックアップデータのほうがこの鍵を核としているんなら、〈マザー〉のほうだって核があるはずなんだ。あの壁はたぶん、モニターか何かでしかないんじゃないかな」
「核になるものを、探そう――ってことね?」
 久野の言葉に、ぼくは頷いた。それから、たけるに向かって言う。
「たける、この鍵はホンキでたから箱の鍵だったみたいだ。たから探し。いいか? この鍵が入る鍵穴を、探せ!」
 たけるは一瞬きょとんとしてから、大きく頷いた。
「うん!」
 ぼくらは一斉に、その白い部屋を探し始めた。

 ぼくらがいた白い部屋は、ちょうど教室くらいの広さだ。物は特に何もなかったけれど、四つんばいになって、隅から隅まで調べ尽くす。
 あの『ひと』たちは、ぼくらより背が低かった。天井もだから、低い。だとしたら、なにか隠すのは下のほうのはずだ。
 そして、鍵は『種子』保存の場所のものだ。〈マザー〉の核になる部分とは違うのかもしれないけれど、重要なものどうしに変わりはない。同じ場所においてある可能性だってある。
 探し始めてすぐ、たけるの甲高い声が響いた。
「ひろとー! ひろとひろとひろとひろとひろと!」
 連呼されて、ぼくは慌てて飛び起きた。ブレードを操って、部屋の隅、〈マザー〉の壁近くにしゃがみ込んでいるたけるの元へと滑っていく。
たけるは両腕をバタバタ振り回しながら、舌足らずな早口でぼくに言う。
「あった! あった、ひろと、これじゃないの?」
 たけるが指を指したのは〈船〉の床だった。
 久野とこーすけも走ってきて、しゃがみこむ。
 小さい穴だった。頭が丸くて、下は三角みたいな――なんだかどこかの古墳みたいな形をしている。
 とくん――と心臓が小さく音を立てる。
 確かに、鍵穴だ。じんわりと汗がにじんできて、ぼくらは静かに確認しあった。
 首にかかっていた鍵を手にもって、大きくひとつ深呼吸した。指先が、あつい。
「入れるよ」
 ぼくは小さく宣言して、その穴に鍵を差し込んだ。
 抵抗もなく、鍵はするっと中に入っていく。そして、かちりと奥で音を立てて止まる。
 そして――緑色の文字が浮かび始めた。
 まるでキィの使うあの魔法みたいなやつだって思った。文字は鍵に集まってきて、吸いつけられるみたいに鍵と密着する。
 みんなの視線がぼくの持つ鍵に集まっているのを感じながら、ぼくは一度だけ喉を動かした。こくんとつばを飲み込んで――ゆっくり、鍵を、まわす。

 かちり。

 音は小さく、だけど確かにぼくらの耳に届いた。
「!」
 思わず空気をいっぱい飲み込んで、ぼくらは赤くなった顔を付き合わせた。
 緑色の文字は鍵から鍵穴へと移って、やがて床一面にひろがっていく。
 TVゲームの――魔法みたいだ。魔法陣、みたいだ。光の文字は床を丸く囲んでいって――そして、キィのと同じように、白い光を発した。
 眩しさに目をきつく閉じる。
 まぶたの向こうの白さが薄れたころになって、ぼくらは目を開いた。
 床に穴が開いていた。
 階段が、ぼくらを迎えるように伸びている。

 薄暗い空間だった。
 最初に思ったのはそれだった。階段を下りて、その場所にきて最初に思ったのは薄暗い、と言うことだった。
 さっきまでの白い場所と違う。薄暗い、夕暮れ過ぎの校内みたいな――そんな雰囲気だ。
「ひろと」
「うん」
 すぐそばの声に頷く。こーすけだ。久野もたけるも一緒にいる。
 その場所は薄暗くて、それから狭かった。なんとなく、こーすけん家のひみつ基地、あの押入れを思い出す。
 四人で横に並ぶことは出来ない。ぼくとこーすけが前にいて、久野とたけるはぼくらの後ろにいる。
 細長い廊下みたいな場所。だけど真っ暗じゃないのは、ぼくらの視線の先にある光のせいだ。
 水族館を感じさせる、ガラスみたいな円い柱。太さは校庭にある一番太い木よりもある。高さも天井から床まである――けど、天井自体がそんなに高くないのは変わらずだ。
 ガラスの円柱は透明で、だけど緩やかに光っていた。中に何か粘り気がありそうな液体が入っていて、それ自体が光っているんだ。その液体にくるまれているみたいに、銀色のカプセルみたいなのが浮かんでいた。
「あれが……『種子』?」
 久野の声に、ぼくは頷くに頷けなくて、あいまいに首を動かした。
 ゆっくりと柱に近付いた。硬そうだ。軽く叩いてみたら、確かにガラスみたいな音と感触がかえってくる。
「他にはなんもないな」
 低い声でこーすけが言う。バスケの作戦を練っている時みたいに、手で口を覆って考えている。
ぼくも周りに視線をやってみたけれど、確かに他には何もなかった。この場所にあるのは、目の前の円柱、それだけだ。
「ここには〈マザー〉の核になる部分はない、ってことか?」
 見るからにがっくりした様子のこーすけ。ぼくもぎゅっと奥歯をかんだ。だけど。
「――ねぇ」
 強張った音で、久野がぼくらを呼んだ。
 考え込みすぎて、おでこにしわがよりまくった顔で、メガネのフレームに手を添えている。
「これはちょっと……飛びすぎた考えかも、知れないんだけど」
「別に今の現状でいろいろ飛びまくってるし、いいよ。何?」
 ぼくがうながすと、それでもまだ少しためらっているのか、言葉を選ぶようにして久野は言ってきた。
「この『種子』自体が――〈マザー〉の核ってことは……ない?」
 これ自体が、〈マザー〉の核――?
 ぼくは思わずこーすけと目を見合わせた。こーすけの目の中には、真剣な色だけが入っている。
 どう……だろう?
「……いや、さすがに飛びすぎだよね、ごめん」
 久野があわてたみたいにパタパタと手を振った。だけどぼくらはその考えを完全に否定することは出来なくて、互いに顔色を伺うように絡まった視線を外すことが出来ない。
正解。亜矢子は頭もいいけれど、勘もいい
「!?」
 ふいに聞き慣れた声がして、ぼくらは一斉にそっちに向き直った。
 柱のすぐ、そば。白い裸の女の人の姿。
 キィだ!


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