終章『キィへの手紙』
キィ、元気ですか?
君は今、どこでどうしているんでしょうか?
あれから、今年で五度目の夏がきます。
俺たちはみんな変わらず元気です。
俺と亜矢子と浩介はそれぞれ高校に進学して、二年の夏休みを迎えようとしています。
さすがに亜矢子の偏差値についていけなかったから、
亜矢子だけ別の高校になったのが、俺も浩介も悔しかったけどね。
そうだ。浩介の奴、バスケでけっこういいとこまでいってるんだよ。あいつも、頑張ってるよ。
亜矢子は亜矢子で、来年の受験に向けて今から必死に頑張ってます。
たけるは今年中学に上がって、急激に身長が伸びてます。
浩介と俺の影響で、バスケもやってるんだ。
これがけっこう上手いから、将来期待しちゃったりしてね。
俺は、今あるスポーツに夢中です。バスケじゃないよ。インライン・スケート。
あのときのローラー・ブレードだよ。
競技であるって事を知ってから、夢中になってやってるんだ。
やっぱり全部いつも上手くいくわけじゃないし、
時々本気で止めてやろうかって考えることもあるけれど――
キィと逢ったときに、浩介や亜矢子みたいに誇れるものがないのは悔しいから、
必死に喰らいついてるよ。
角野町も、五年前に比べてやっぱりいろいろ変わってます。
鍵を拾ったあのキリン公園は、二年前に駐車場になってしまいました。
時々そういうのが寂しく思うけれど、記憶とか思い出とかが変わるわけじゃないよね。
海とひまわり畑は、変わらずあるよ。また逢ったら、あそこで水鉄砲合戦、やりたいね。
花火大会も、毎年やってます。また一緒に見たいって思うよ。
花火は寂しいところもあるけれど、やっぱりきれいだから。
あのころと違って、俺たちも少しずついろんな事を知ってきたよ。
だけど変わらない何かだって、確かにあるよね。
俺たちがともだちだって言うのとか、さ。
「宏人、浩介!」
聞き慣れた声に振り返る。きれいに整えられたショート・ヘアとトレードマークの眼鏡スタイル。
このあたりで一番頭のいい高校の制服を身につけた亜矢子がそこにいた。
バスケットボールを弄んでいた俺たちは手を止める。
「あとはたけるだけやな」
「もうすぐ来るよ」
夏の陽射しを腕で遮りながら空を見上げた。
いい天気だ。
夏服の亜矢子が、俺たちのとなりに並んだ。
「今年こそ逢えるといいね」
あの夏から毎年、俺たちはそろってあの海へ行きます。
――そうそう。あの宇宙船とかのせいで、一時期はすごく騒ぎにもなったんだよ。
まぁ、どうでもいいかな?
あの翌年から、夏休みが始まる日になるとあの海へいくようになりました。
いつのまにかそれが習慣みたいになってるんだ。
みんなそれぞれ忙しいけれど、どんなことがあってもその日だけはそろって海へ行くんだ。
一度、俺と浩介が大喧嘩したときにその日が来ちゃったことがあったんだけど、
それでも一緒にいったんだよ。
キィ、君に逢えることを祈ってね。
ねぇ、キィ。
こんな事を言うと、君は哀しむかもしれないけど――少しだけ、ゆるしてね。
もしかしたら、キィとは二度と逢うことはないのかもしれない。
そんな風に考えたことだって、あるんだ。
それはきっと、俺だけじゃない。
亜矢子も浩介もたけるも、口には出さないけれど考えたことはあるはずだ。
五年前と違って、俺たちもいろいろ、知ってきているから。
だけど。
「宏人ー!」
夏の陽射しを浴びて、遠くから中学生が走ってくる。
たけるだ。
俺は軽く手を振った。たけるはすぐに俺たちの元へやってくる。
こいつ、また身長伸びたな。
「オレが一番最後なの? ごめん」
「ええよ。とりあえず、全員集合――っと。行こか」
浩介が笑って歩き出す。
亜矢子も、たけるもそのあとに続く。
俺もゆっくり歩き始める。
だけど、それでも俺たちはあの海へ行くよ。
君に逢えることを祈って。
君に逢えることを信じて。
五年前に投げたシュートが、いつかきっとゴールネットを揺らすことを信じて。
あの海へ、行くんだよ。
少しの距離を歩く。
ひまわり畑が見えた。海が夏の陽射しに、眩しいほどきらめいている。
どこまでも深い、青。
地球の色をした、大海原。地球が抱えた大宇宙。
俺たちのともだちがいる、海が――広がる。
君に逢える、そのときまで。
俺たちはきっと、ずっとあの海へいく。
だって、俺の胸元には今でも、約束の鍵が揺れているから。
キィ、元気ですか?
今年もまた、夏が来るよ。
はやく君に、逢いたいね。
――キィ。俺たちの大切な友人へ。
片瀬宏人
――fin.