Epilogue. そして、朝が来る

 教会の鐘の音が街中に鳴り響いた。
 エスパニャ風の衣装も化粧も戸惑う部分はあったが、マリンチェは嫌いではなかった。紅を引き、まぶたを開ける。そっと、自らの腹部に手を置いた。この衣装ではあまり目立たないが、手のひらに感じるのは確かな丸みとぬくもりだった。
 長い戦いの末、この教会はテノチティトランに建設された。そして今日、この教会は初めて人々に開かれ、マリンチェはそこで式をあげることになった。
 新しいエスパニャの、初めての結婚式だ。
「マリンチェ」
 控え室にアギラールが来た。彼はマリンチェを見るとふわりと微笑んだ。
「よく似合う。結局その色にしたのか」
「ええ。色々迷ったけれど、空の色がいいと思ったの」
 マリンチェの衣装はそれほど華美ではないが、抜けるような青空の色が眩しかった。すっと、アギラールの手が耳元に触れた。
「……大事だな」
「ええ」
 片方だけの耳飾りもまた、空の色をしている。それは大切な友からの贈物だ。
「苦しくはないか?」
「おなか? 大丈夫よ」
 アギラールがそっと腹部に触れた。まるでそれを喜ぶかのように、もう一つの生命が動く。
 それは紛れもなく、新しい命だ。
「行くか、マリンチェ。オルメード神父がお待ちだ」
「ええ、そうね」
 マリンチェはゆっくりと立ち上がった。アギラールの手を取る。
 メヒコとエスパニャの間に新しい生命が間もなく生まれる。そうしたとき、また世界は混じりあっていくのだろう。それがいいことなのかそうでないのかまでは、マリンチェには判らなかった。今でも、メヒコの民から裏切り者と声がかかることもある。だが、マリンチェはこの道を選んだ。それを悔やんではいない。
「行きましょう、アギラール。共に」
「ああ――行こう」


 その日、誰の涙もなく明けた空はどこまでも青く、生まれたばかりの花嫁を鮮やかに彩った。


――Fin.