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 どうして花穂が死を選んだのか。それを知ることはもう出来ない。
 ただ、僕は思うのだ。
 花穂は本当に、圭一を愛していたのではないだろうか、と。子供の恋愛ごっこと、人は嘲笑うかもしれない。けれど、確かに僕らはあの日、あの夏、愛し合っていた。時を止めてしまう程に、自らでさえを壊してしまう程に、愛し合っていた。それが、圭一からの一方的な愛だったとは思えない。僕は確かに花穂を愛していた。けれど、それと同じだけは、花穂も僕のことを――圭一のことを――愛していたのではないだろうか。
 愛していたから、圭一の望みを叶えたのではないだろうか。
 永遠という、死を選択したのではないだろうか。
 答えはもう、判らない。永遠に消えない霧の向こうに隠れてしまったから。それでもこの考えが馬鹿げた妄想だとも、思えなかった。
 僕は花穂を愛していた。
 圭一も花穂を愛していた。
 花穂も深く、愛してくれていた。
 それが答えで、充分だと、思った。





 夏が終わろうとしている頃には、もう夏白雪の花はない。


 じいちゃん家で二週間を過ごし、僕が東京へ帰る日がやってきた。
 来る時には涼やかだった風も、もう夏の色を濃く携えていて汗ばむほどだ。それでも風の心地良さは、東京の灰色の風とは比べ物にならない。
「じゃあ、気をつけてな。誠一」
「うん。じゃあね、じいちゃん」
 さよなら、と言いかけて、僕は門にかけた手を止めた。
「あ。ねえじいちゃん」
 振り返る。
 青々としたクローバーの葉が、風に揺れているのを視界の隅に収めながら。
「これ、本当に貰っちゃっていいの?」
 首から提げた動かない懐中時計を示して見せると、じいちゃんは笑顔のまま頷いた。
「ああ。じいちゃんにはもう、必要ないからな」
「そっか。うん、じゃあ大切にするね」
 懐中時計を大切にぶら下げて、僕は頷いた。
「じゃあね、じいちゃん。さようなら」
 じいちゃんに手を振って、門を抜けて歩き出す。
 時間の止まっていたあの家を出て、歩き出す。
 緑豊かな地は、夏の光にとてもきらきらと映えていて、青空の中に浮かぶ雲は楽しそうに寝そべって見えた。
 バス停までの道のりを、僕はゆっくりと歩く。
 古い田舎の、土の匂いが満ちる穏やかな道。
 太陽が音を立てそうなほどに、暑い日だった。
 道端に咲くクローバーの中に、僕はこの夏最後の夏白雪を見つけて足を止めた。
 白い、ぼんぼりのようなあどけない花。
 もうすぐきっと、この白い花は溶けるように枯れるのだろう。雪が夏には溶けて消えるように。
 だけどまだ、綺麗に、誇らしげに咲いて、天に首を伸ばしている。
 まだ消えないと主張するように。まだ溶けないと主張するように。愛らしい丸い花を、空へと高く掲げている。
 その姿は、なんだかとても愛しかった。

「圭ちゃん」

 花穂の声がした。
 夏白雪の咲くところに花穂がいることを、僕はよく知っている。
 だって花穂は永遠を選んだから。夏白雪が咲く限り、僕が君を愛し続けている限り、花穂はすぐ傍にいる。永遠に、居続ける。
「大丈夫だよ、花穂」
 僕は微笑んで、左手の薬指に軽く唇を落とした。
 花穂のくれた、夏白雪の指輪に。
 風が満足そうに笑って過ぎていく。それが花穂の心だと、僕は知っている。
 大丈夫だよ、花穂。僕はいなくなるわけじゃない。少しだけ、この土地を離れるだけだ。
 だって僕は、君を愛している。
 夏白雪が、さらさらと揺れた。
 花穂が、楽しそうにそれを見つめている。
 僕は花穂に微笑みかけて、それからゆっくりと歩き出した。
 心配しないで、花穂。僕は必ず戻ってくる。何故なら、君と約束したからね。ずっと一緒にいると、約束したから。
 だから。
 風が静かに、僕をからかう様に過ぎて行った。


 もう一度、君を迎えに来るよ、花穂。
 そう、この季節に。
 君の大好きな――










 この、夏白雪の咲く頃に。




――了


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ひとこと