-海から生まれた子供たち-
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突発性企画第三弾『母海』参加作品


 海が静かなうちに、ぼくたちは岸へとたどり着いた。
「おにいちゃん、カノンちゃん!」
 砂浜に着いたとたん、小さな体のタックルを受けた。サツキがぼくにだきついて、わんわん大声で泣いている。砂浜にいたのは、サツキだけじゃない。おばあちゃんも、母さんも父さんも、他の見たことがない島の人たちもたくさんいて、ぼくはちょっとだけぎょっとした。ぎょっとしているうちに、海の中にまでたくさん人魚が集まってきて、あっという間にぼくとカノンは人と人魚に囲まれていた。
「おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい!」
 サツキが全然離れてくれなくてわんわんわんわん泣くものだから、ぼくはただ混乱して目をきょろきょろさせるしか出来なかった。
「あー、びっくりしたぁ。心臓止まるかと思ったんじゃからなぁ。全く、カノンもユースケもあほたれめ」
 海側からそんな声が聞こえてきて振り返ったら、カノンが男の人魚にぱこんと頭を叩かれていた。髪の毛がツンツンしていて、妙にまゆげだけが濃い男の人魚。ぼくは思わず小さく笑っていた。覚えている記憶、そのままだった。もうずいぶん、会ってなかったけれど。
「サトル兄ちゃん?」
「お。ユースケ、俺のこと覚えとんのか? いやー、感激じゃな。でっかぁなったし、うんうん。サトル兄ちゃんはうれしいで。んじゃが、あんまり心配かけんなや」
「みんな、ぼくとカノンが心配で、来たの?」
「あたりまえでしょう!」
 悲鳴みたいな声に顔を上げると、直後にパチンとほっぺに衝撃が来た。いたくはない。ただ、びっくりした。母さんだ。
 母さんが目を真っ赤にして、立っていた。
「何でこんな日に勝手に出て行ったりしたの! あんた、泳げないのに、カノンが助けてくれなかったら、どうなってたと思ってるの!」
「いや、ごめんナオコ。助けられたのは、実は私のほうだったり、なんかしちゃったり、して」
 カノンのこっそりとした発言に、一瞬にして砂浜が静まり返る。父さんが引きつった顔をした。
「カノン、まさか、おぼれた、とかか……?」
「そ、そうなっちゃうのかしらねぇ?」
 冷や汗をたらしながらカノンが笑うとすぐ、その頭にサトル兄ちゃんのげんこつが降った。
「いったあい!」
「お前はアホかーっ! どうやったらおぼれられるんじゃ、人魚のくせにっ。本能どこにおいてきた本能ー!」
「ごめんなさいってばあっ、だって、いろいろ考えてたら、そのっ」
「カーノンーっ、あんたは何で昔っから物考えると本気で周り見えなくなるのよっ? いいかげんになおしなさいよその癖! ああもう、バカッ、バカバカバカ、全身全霊をかけたバカねっ」
 サトル兄ちゃんと母さんに怒鳴られて、小突かれて、カノンが小さくなっている。父さんはぐったりした顔でため息をついていて、おばあちゃんや他の島の人たちや人魚たちは、あきれたような苦笑を浮かべていた。
「おにいちゃんおにいちゃん」
 サツキがくいっとぼくの服を引っ張ってきた。見ると、サツキは小さく笑っていた。
「カノンちゃんもおにいちゃんも、だいじょうぶでよかったね。おにいちゃん、ありがとう」
 ああ、そうか。
 サツキはぼくもカノンも関係なく心配してたんだ。母さんや父さんや、サトル兄ちゃんたちみんなと、同じように。
 ぼくは少しだけほほえんで、サツキの頭をくしゃりとなでた。



 結局しばらくカノンは怒鳴られ続け、少々ぐったりしていたけれど、それももう一度空模様があやしくなりはじめたから終わりとなった。また海が荒れないうちに、ぼくらはそれぞれの場所へ戻る。それが、ずっと繰り返し続いてきた、この島の姿なんだと思った。
 サトル兄ちゃんが、他の人魚たちが、海へと帰っていく姿に手を振る。
「じゃあ、気をつけて帰りなさいよ」
 母さんがカノンにきつく言って、カノンが笑いながら海の中へと姿を消した。なめらかな泳ぎでゆっくり沖へと向かっていって――
 ばちゃん、といきなり顔が水面に出た。
「ユースケ!」
 少し遠くなった人魚が、大きく手を振ってくる。
「ありがとうね! 心配してきてくれたんだよね。お礼、ちゃんと言ってなかったから!」
 ――ああ。
 サツキの言葉のせいだった、言ってしまえばなりゆき、みたいなものだったけれど。
 ちょっとだけ困ったけれど、手をつないでいたサツキがじっとぼくを見上げてきたから、ぼくも大きく手を振った。声をあげる。
「ぼくもサツキも助けてもらったから、おあいこ! じゃあね、カノン」
 それから、ちょっとだけ空気を吸いなおして、言った。
「――また、あした!」
 ぼくの言葉に、カノンの姿がうれしそうに弾んだ。
「うん、また、あしたね!」




 その夏、ぼくの中で何かが、少しだけ。
 ほんの少しだけ、変わった。















 花曇の空が、広がっていた。
 風はまだ少し肌寒いけれど、春は遠くなさそうだ。
「ユースケ、どこ行くのよう」
 後ろからの恨めしげな声に、僕は足を止めた。肩越しに振り返ると、コートに包まれた小柄な体が目にはいる。
「こんな寒い日に、わざわざどこ行くのよう」
 彼女はマフラーを握り締めながら、僕をにらみつける。
 そういえば、寒がりだっけ。
「兄弟に、会わせようと思ってさ。夏まで待っても良かったんだけど、夏になると、たぶん学校忙しいし」
 なにせ海洋生物学科だ。夏はもう、待ってましたといわんばかりの季節だ。
「兄弟って、サツキちゃんだけじゃないの?」
「あれは、兄弟のひとり。あと、お母さんにも会わせたくてさ」
「ナオコさんならさっき会ったじゃない」
「だから、もうひとり」
 軽く笑ってみせる。彼女はよく判らないと不服を顔に貼り付けている。
 彼女とは大学のサークルで知り合った。
 なんだかんだと気があって、気付くとサークル仲間じゃなくて、彼氏彼女の関係になっていた。
 結構な現実主義者だから、これからのことを考えると苦笑が漏れる。さてさて、彼女はどういう反応をするのやら。
「ユースケってさ、時々わかんないよね」
「何が?」
「急にロマンチストっぽかったり、やけに現実的だったりしてさ、つかめないよ」
「僕は徹底した現実主義者のつもりだけどね」
 ……ま、兄弟に、あんなのがいるけどさ。
「現実主義者が聞いて呆れるよ。あんた、こないだ寝ぼけたこと言ってなかった?」
「ノーベル賞とるってこと?」
「それよ」
「とろうと思えばすぐとれると思うんだけどな……ま、遠慮しとくかな。迷惑かかっても困るし」
「もーっ、何言ってんだか全然わかんないよユースケ!」
 パタパタと両手を振り回して暴れる彼女に、僕は苦笑を漏らす。
「だから、それがわかるようにしようって言ってんじゃないか。いいからついてきて」
 ふくれっつらのままの彼女に、僕は手を差し伸べた。
「ほら、花音かのん
 花音かのん――人間の、カノンは、僕の手を握り返してくる。
 手のひらからのぬくもりをかんじながら、僕は彼女の手を引いて歩き始めた。
 ゆっくり、田舎の道を歩いていく。潮の匂いと、魚の匂いにまじって、やわらかな花の匂いが広がっている。
 そして 兄弟が住む場所。
 僕たちの、母親が見えてきた。

 花曇の空の下、どこまでも広がるブルー――









 ――The Mother Ocean――

モドル
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突発性企画第三弾『母海』参加作品


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《あとがきめいた戯言》

思い入れの強い作品です。二度目の改稿となりました。
とはいえ当時の時事ネタは(久米さん(笑))そのままにしておきました。
まさか久米さんがいなくなるとは思わなかったー……。
夏休み三部作の一作です。(あとは『砂場で見つけた冒険の鍵』(長編・SF/町の夏休み)&『ぼくとパパの夏休み』(短編・FT/山の夏休み・現在非公開)の二作品)