ゆきんこ


突発性企画第四弾
『SweetSnow』参加作品


雪がふる 雪がふる
落ちては消えて どろどろな
ぬかるみになりに 雪がふる


雪が、ふる












「さっちゃん、あんまりお外に出ちゃだめだって、お母さんに怒られるよ?」
 そう私に言ってきたのは、お隣のはなちゃんだった。
 はなちゃんは、いつもこう。私の後ろをついてくるのに、ちょっとたったらすぐ怖がるの。
 私はちょっとだけむっとして振り返った。
「大丈夫だよ。お母さん、配給所からかえってくるのもう少し遅くなると思うもん」
 灰色のおそらを見上げて、私はそういった。
 遠く小学校の方で、もくもく湯気があがってるのが見えた。配給所でもらえるのはほんのちょっとだけのご飯だよ、っておかあさんがいつもいっている。ご飯じゃなくて、ほとんどおいもだけど。でも食べ物をもらえるんだからありがたいって思わなきゃいけない。
 そんなこと言ったって……あれっぽっちじゃ、おなかはすく。
「動くと、おなかすくよ。さっちゃん。それに、危ないよ?」
 はなちゃんが地面に座り込んでいった。
「……うん、それはそうだね」
 私もちょっとだけ溜息をついて、はなちゃんの隣に座った。














「今日は飛行機、見えないね」
「警報、なってないもん。見えたら大変だよ」
「死んじゃうもんね」
「死んじゃうもん」













 はなちゃんと私とで、おちゃらかをして遊んでいたら、ふいに白いものがふってきた。
「なぁに?」
 はなちゃんが驚いたように顔を上げた。
 真っ白くって、ふわふわしてた。気になって手を伸ばしてみた。ちょっと汚れた指先に、ひんやり止まって、すぐになくなった。
「すごーい! 冷たい! 雪だね!」
「ゆき?」
 はなちゃんが、きょとんと顔を向けてきた。ああ、そっか。
 はなちゃんは疎開してきた子だから、知らないのかな。雪って東京じゃあんまりふらないのかな。それともはなちゃんがまだ小さいから、みたことないのかな。
「あのね、これは雪っていうの。お空からふってくるんだよ。雨が、もっともっと寒くなったやつ」
「雨が寒くなったやつなの?」
「そうだよ」
 はなちゃんが、私と同じように雪に触れた。そしたらすぐに消えちゃった。
「すぐ消えちゃう……」
 さみしそうな顔をして、はなちゃん。私もちょっとだけさみしくなった。
「雪が生まれるところって、どこなのかなぁ?」
「雪が生まれるところ?」
 はなちゃんの言葉に、私はさっきのはなちゃんみたいにきょとんとした顔を向けた。
「うん、どこ? さっちゃんしってる?」
 まんまるな目でみてくるはなちゃんに、私はちょっとだけ困った。そして、すぐにおばあちゃんが話してくれたお話を思い出した。
「ゆきんこが、つれてくるんだよ」
「ゆきんこ?」
「うん。ゆきんこ。雪をね、ふらせて、あっちこっちに旅してるんだって」
 おばあちゃんがいっていた。ゆきんこは、まっしろい肌の女の子。真っ黒いおかっぱの髪の女の子。おそらをとんで、雪をふらせて、冬を知らせてまわるんだって。
「ゆきんこって、おかねもちなの?」
 ……え?
 はなちゃんが、おそらに手を伸ばしながら、そういった。 
「だって、雪ってお砂糖みたい」
 いわれてから、私は気付いた。そっか、本当だ。真っ白くって、まあるいの。
 お砂糖なんて、もうずっとずっと食べてない。あれはお金がすっごくいるんだよっておかあさんが言っていた。
 お砂糖食べたいな、甘いの食べたいな、っていうたんびに、お母さんが怒るんだ。
 お父さんは、がんばって戦ってるんだ。今はそんなこといっちゃいけないよって。
 ふと見ると、はなちゃんがおそらに向けて大きな口をあけていた。
「甘い?」
「わかんない、はいってこないの」
 一生懸命はなちゃんはぴょんぴょんとんでいる。私も一緒になってぴょんぴょんとんだ。
 お口に入れ、甘い雪。
 甘い甘い、お砂糖の雪。
 










「ゆきんこ、ゆきんこ、雪ふらせ」
「もっともっと、雪ふらせ」
「甘い甘い、雪ふらせ」
「いっぱいいっぱい甘くなれ」

















 でも、その日はそれ以上雪はふらなかった。
 ごめんなさい。お母さん。
 お母さんの言うこと聞いて、お外に出なかったらこんなことにはならなかったんだよね。



















 


 その日いっぱいふってきたのは、雪じゃなくて、ばくだんだった。





































 はなちゃんの、真っ赤な手が力なく見えて、私は怖くなった。
 はなちゃん。はなちゃん。どうしたの? どうしてもう、とんでないの?
 ぴょんぴょんとぼうよ。お砂糖の雪、お口に入れようよ。
 あれ……あれれ?
 どうしてかなぁ、寒くないや。
 そう思ってたら、ぽつんてお口に何か落ちてきた。
 冷たくって……あまぁい……
 あれれ、これ、もしかして雪なのかなぁ。
 まだふっているのかな、甘い甘いお砂糖の雪。


「甘い?」


 声がしたから、私は一生懸命顔を上げた。
 そしたら、女の子がそこにいた。
 まっしろい肌と、真っ黒いおかっぱの髪。
 あ……そうか。






























 ゆきんこが、お迎えにきたんだね。































雪がふる 雪がふる
落ちては消えて どろどろな
ぬかるみになりに 雪がふる


雪が、ふる









   

++++++おしまい++++++





突発性企画第四弾『SweetSnow』参加作品

最初と最後のあの歌は、金子みすずの童謡です。