■序章:そして大地は火に焼かれ
緋色だった。
木々も家々も、空も風でさえも、すべてが緋色に染め変えられていた。空気は熱を持ち、吹き出た汗さえも流れ出る前に乾かしていく。
その中に彼女はいた。柔らかく波打つ緑色の髪もまた緋色に照らされながら、それでも静かに佇んでいた。彼女の足元には、彼女より幼い少女がいた。彼女と面立ちがよく似ている――姉妹だろうか。その子もまた、艶やかな緑の髪を緋色で照らされながら、澄んだ瞳をこちらに向けていた。
糾弾されているようだ、と、彼は思った。
あながちそれは間違いではなかったのかもしれない。
目の前の少女は、翡翠の瞳を、一遍の揺らぎもなくこちらに向けて言った。
「わたしたちは、生きていてはいけないのですか?」
問いかけ。それは残酷な言葉だった。柔らかで、けれど鋭利な刃物と変わらなかった。まだ十四を迎えたばかりの彼に、答える術などなかった。
襟元につけた印章は、確かに誇りであるはずなのに、けれどそのときの彼にとっては重く感じられるだけの代物になっていた。
答えなければならない。
判っていた。しかし、熱に煽られ乾いた唇からは、一欠けの音も出ない。
ふいに、少女が目を伏せた。何かを諦めた表情だった。足もとにしがみつく、さらに幼い少女へと囁く。
「行きましょう」
白い手が、ちいさな背中を押す。幼子は踵を返し、こちらに背を向けた。彼女もまた、こちらに背を向ける。そして、まだ燃え盛る彼女たちの村へと歩を進めだした。
「――待、て!」
その時になってようやく、張り付いた喉からひしゃげた声が漏れた。彼女の足が止まる。けれど、振り返っては来なかった。返ってきたのは、静かな声音だけだった。
「わたしは地の民、シュシュリ。貴方は?」
「僕……は」
喉が痛い。それは、焼けた空気を吸い込んだせいだろうか。
「宮廷魔法師……ミズガルド」
「そう」
ゆっくりと――火の海を背に、彼女が振り返った。その顔には、泣き出しそうな笑みが浮かんでいた。
「さようなら、ミズガルド」
断絶の言葉。
それを最後に、彼女は幼い少女と手を繋ぎ火の海へと駆け出した。ミズガルドの伸ばしかけた手は、何も掴むことなく、ただ空を掻いた。
すぐに、ふたりの背は緋色の世界へと飲み込まれていく。
緋色だった。
その夜はすべて、何もかもが、ただ、緋色に染まっていた。