-海から生まれた子供たち-
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突発性企画第三弾『母海』参加作品


 ぼくの田舎はそうとう変わっている。いやむしろ、病んでいる。
 母さんと父さんはもともと同じ小さな島の出身で、夏休みになるたびに、ぼくと妹のサツキをつれて里帰りする。
 その島は、基本的にはごくごく普通の田舎だ。島の人たちはお年寄りが多くて、漁港のせいで島中がなんだか魚くさい。暮らしている人たちは、皆ひたすらのんきでのんびりしている。そんなごくごく普通の平凡な田舎。
 ……ただ、一点だけを、別にして。






「ユースケ、先におばあちゃん家、行っておいて」
 母さんがそう言って車を止めたのは、おばあちゃん家に続く細道の前だった。
 海が見える道路のわきに車を止めて、がちゃっと自動でドアを開ける。クーラーで冷えていた車の中の空気が、むわっとしたあつい潮風にのみこまれて、ぼくは顔をしかめた。
「またあ?」
 魚くさい風に鼻をひくひくさせながら文句を言う。母さんたちはいつもこうだ。毎年毎年、ぼくたちを先におばあちゃん家に行かせる。おばあちゃん家はここから全然遠くない。道沿いに行けばすぐなんだから、先に帰ればいいものを。
 ぼくの不満顔に、母さんはびくともしない。にっこにっこ笑顔のままで、助手席でおしりを動かそうとしないぼくの背中をぐいぐいと押す。後ろ座席でサツキがぴょこんと外に出るのが分かった。父さんが「ほらほら」とサツキに言ったんだ。こうなったらもう、どうしようもない。
 ぼくはわざとはぁっと大きくため息をついて見せて、いやいや外に出た。カーンとでも音を立てそうな真夏の太陽が、遠慮もしないで焼きつけてくる。埼玉の太陽より、なんだか陽射しが強い気がする。
「先に帰ればいいのにさあ」
 車の外に出てからのぼくの文句に、母さんはババアのくせして、くねくねした動きで、
「だあってぇ、カノンに会いたいんだもの」
 と言った。
 ……カノンってのは母さんの親友の名前だ。ぼくも何度か見たことがある。でも、見た目はどれだけ多く見ても高校生くらい。これで年増の母さんの幼なじみだって言うんだから、世の中はまったくふしぎだ。
「うんうん。俺もサトルに会いに行くぞ」
「あら、いいわねぇ」
 ……父さんまで。
 後ろ座席でにこにこしている父さんにジト目を向けて、ぼくはもういちどため息をつく。
 ちなみにサトルっていうのは父さんの親友で……以下略。
「分かった。分ーかーりーまーしーたっ。とっとと行ってくれば?」
「きゃんっ。ありがとうユースケくん。いい子ね」
 母さんはそう言うと、ぼくのほっぺたに軽くキスをした。ああ、もう。ババアのキスなんてうれしくない。
 ほっぺたを手のひらでぐいっとこすって、母さんに文句を言おうとしたんだけれど、その頃にはとっくに車は出発していた。こういうところだけは、いつもすばやい。
「いいなぁ。サツキもカノンちゃんたちに会いたいなぁ」
 手をつないでいる妹のサツキがそう言ったから、ぼくはサツキの目線にあわせてしゃがみこんだ。
「あのね、サツキ。サツキはあんな大人になっちゃダメだよ」
「なんで?」
「……友達は、人間の中で作ったほうがいい」
 サツキはきょとんとした顔でぼくを見上げていたけれど、それ以上何かを言う気にはなれなくて、ぼくはサツキの手を引いて歩き出した。
 すうっと息を吸ってみたら、磯くさくて魚くさい、熱い空気が胸にいっぱい入ってきた。太陽が海をぎらぎら照らしている。
 つん、と鼻を突き抜けるこの島の匂いが、ぼくにとっての夏の匂いだ。



 この田舎はそうとうヤバい。
 コンクリートじゃなくて小さな砂利がいっぱい敷き詰められた、おばあちゃん家に続く細い道。古い一軒家が並んでいて、ところどころに八百屋さんとか豆腐屋さんとか、田舎ならではの店がある。そこを道なりに歩いていくと、立ち話をしているおばちゃんたちの会話が聞こえてくる。
 そのあたりは、たぶん、普通の田舎の風景。ただし。
「ああ、そうそう聞いた? ミチルちゃん。今度結婚するらしいわよ」
「あら。どこのミチルちゃん?」
「やあねぇ。海さんとこのよ!」
「ああ、海さんとこのミチルちゃん? あらぁ、本当に? おめでたいわねぇ」
 病んでる。
 海さんとこ……ったって、別に『海』って名字じゃない。あの連中は名字がないから、皆まとめて海って呼んでるだけだ。
 病んでる田舎の道を早足で歩いて、ぼくとサツキはおばあちゃん家にたどり着いた。サツキがきらきらした顔で、おばあちゃん家の引き戸をぐいっと開けた。
「おばーちゃん。こんにちはー」
「ああ。よぉ来たなぁ。あがりあがり、アイスクリーム買っておいたで、食べるやろう」
 エプロンで手を拭きながら出てきたおばあちゃんは、ちょっとだけ腰が曲がり始めているけれど、それ以外はむだに元気だ。この島の人たちはたぶん、死ぬ前日まで海で泳ぐくらいの元気があるんだろう。じいちゃんがそうだったって母さんが言っていた。
 アイスの単語に飛びつくようにサツキが家の中へ走っていく。サツキの後ろを、ぼくはゆっくり追いかける。
「ユースケ、よう来たなぁ。トオルたちは、また海か」
「そーだよ。なんとか言っておいてよ、おばあちゃん。あれが親じゃ、息子のぼくが苦労ばっかりかけられるんだからさ」
 ぼくの言葉に、おばあちゃんは大口を開けて笑うだけだ。別に責めろとは言わないけどさ、注意くらいしてくれないと、息子としても困るんだけど。まったく、親が親なら、その親も親、ってことだ。
 サツキといっしょに出してもらったアイスクリームを食べていると、母さんたちが帰ってきた。とってもうれしそうな顔をして。
「お帰り、ナオコさん、トオル」
「ただいま。お義母さん」
「たっだいまー」
 世の中には嫁と姑って言葉があるらしいけど、我が家ではそれはほとんどない。おばあちゃんと母さんは妙に仲がいい。この島にいた時かららしいのだけど、だったら注意くらいしてくれてもいいんだけどなぁ。
 おばあちゃんが作ってくれたお昼ごはんを食べながら、母さんたちはしばらく、さっき会って来たカノンたちの話をして盛り上がっていた。
 そして、いきなりこんな事を言い出した。
「あ、ねぇユースケ。カノンがね、一度あんたに会いたいって。しばらく会ってないでしょう?」
「やだよ」
 ぼくは即答した。
 母さんが子供みたいにしゅんとしたけど、ぼくは無視しておはしを置いた。
「ぼくは、人間の友達だけで十分なの。どうせ夏休みが終われば家へ帰るんだし、こんなとこで人外の友達作ったって意味ないよ」
「ユースケ」
 父さんが低い怒った声で名前を呼んできたから、ぼくはごちそうさま、と叫んでおばあちゃん家から飛び出した。



 魚くさい島の空気は、熱くてベタベタして気持ち悪い。それなのに、何でだろう。埼玉の空気に比べるとずっと気持ちいいものに感じる。コンクリートの照り返しと排気ガスにまみれた空気の代わりに、海の照り返しと魚のにおいに満ちた空気。どっちがいいとは言わないけれど、ぼくにはたぶん、こっちのほうが合っているんだ。この島は正直好きじゃないけれど、この空気と陽射しだけは、それでも毎年うきうきしてしまう。
 おばあちゃん家を飛び出して、行くあてがあったわけじゃない。仕方がないから、一年ぶりの島の空気を味わおうと思ってぼくはぶらぶら歩き始めた。
 島の人たちの動きはほとんどスローモーションで、こんな動きのまま埼玉に来たら大変な目に合いそうだなぁと思ってしまう。それでも、ぼくもそのスローモーションに合わせるようにゆっくりゆっくり歩いていく。途中で『氷』って書いた布を見つけて、おしりのポケットを探ってみる。今月のおこづかいの残りがあったから、それでブルーハワイのかき氷を買った。口に入れたらきんっと冷えて、頭の上の太陽を一瞬だけ忘れさせてくれた。
 そうすると、暑さに負けかけていた足取りも少しだけ軽くなるんだから、人間って単純だ。軽い足取りで島をぶらぶら歩いていたら、気付くとぼくは海の目の前に来ていた。



 テトラポッドに登って、真っ青な海を見渡す。すうっと髪の間を風が通り抜けていった。
 ごつごつしていてちょっと座りにくいけれど、すきまを見つけて座り込んだ。右手に持っていたカキ氷が冷たくて手がジンジンしてきていたから、たおれないようにそっと置く。
 埼玉に海はない。母さんも父さんも、時々そのことを残念がる。だったら最初から神奈川か千葉に住んでればいいのにとは思うけど、そう簡単には引っ越せないのが、現実、ってヤツだ。
 海はずっと向こうまで続いていて、空とくっついている。雲ひとつない晴天だ。
 この島の人たちによく似ているゆっくりした波がザザン……って打ち寄せてきて、テトラポッドにあたって白く弾ける。遠くのほうは、波にあわせて太陽の反射がきらきらゆらゆら輝いていて、なんだかリズムが面白かった。
 ぼんやり見ていたそのときだ。
 波間にぴょこん、と何かが見えた。
「……」
 見ちゃったよ……
 ぼくはもう一度ため息をついて、ふるふる小さく首をふる。気にしちゃダメだ。気にしちゃ負けだ。自分で自分に言い聞かせながら、カキ氷を手にとって、溶けかけの青い汁をずずっと吸った。
 ぼくはあんなのとは関わり合いにはならないんだ。ぼくはあくまで、ふつうの人間なんだから。
 もう一度、胸の中で言い切って、立ち上がろうとしたとき。
「おにーちゃーん」
 舌足らずな甲高い声が聞こえてきた。
 慌てて振り返って、ぼくは声を上げていた。
「サツキ!?」
 びっくりした。
 サツキが、よたよたした足取りでこっちに向かって走ってきていたんだ。
「バカ、走っちゃ危ないだろ!」
 ただでさえ動きづらいテトラポッドの上。しかも結構すべるんだ。バランスくずせば海にぼちゃん、といってしまう。そんなところを走ったら……
「う?」
 不安、的中。サツキがつるっと足をすべらせる。
「サツキ!」
 叫んだけど、おそかった。サツキはそのまま海へ――

 バチャン!

 落ちた。
「サツキ!?」
 悲鳴に近かった、と思う。ぼくは声を上げて、あわててテトラポッドをたどってサツキの落ちたあたりまで近付く。
「サツキ、サツキ!」
 サツキの名前を呼んでいると、ばちゃばちゃと水音がした。顔を向ける。いた!
 サツキはばちゃばちゃと両手をふりまわして、必死で息をしようと暴れていた。サツキは泳げない。おぼれているんだ。
「おに……ちゃ」
 一瞬、頭の中が真っ白になった。
 どうしよう。どうしたらいい? どうすればいい? サツキを助けなきゃ。助けなきゃいけない。でも、ぼくは泳げないんだ。今ぼくが飛び込んでも、サツキを助けることは出来ない。たぶん二人ともおぼれるだけだ。
 大人を呼びにいく? でもそんな時間ないよ!
「サツキ!」
 どうすることもできなかった。ぎゅうっと心臓が痛くなるくらい縮んでいた。
 ぼくは何も出来なくて、ただサツキの名前を呼んだ。
 そして――
 透明な海の水の中に、影が生まれた。
 魚みたいな影だった。
 人間くらいの大きさがある魚の影。
 そしてその影はあっさりと――ぼくがびっくりするくらいあっさりと、サツキをテトラポッドの上へと持ち上げた。



 サツキは水をはいて、沢山せきをした。けどそれ以外はケガもなくて、ちゃんと息もしているし大丈夫みたいだった。
「……サツキ……」
 力が抜けて、ぼくはくたっと座り込んだ。
「大丈夫、たいしたことない。すぐに良くなるよ」
 声をかけられて、ぼくはその方向に顔を向けた。
 サツキの背中をさすっているのは、さっきサツキを助けてくれた魚の影の正体だ。
 魚の影、だけど、顔は人間だ。キレイな真っ黒い髪の毛が肩くらいまで伸びていて、ごていねいにヒトデと貝がらの髪かざりをつけている。水着の上みたいなヤツで胸のところだけを隠していて、おへその下から先は……魚。
 海さんとこの、だ。
 ぼくはこの連中が好きじゃない。別に何がどうってわけじゃないんだけど、というか、この連中が嫌いって言うよりは、この連中がやたらふつうに溶け込んでいるこの島になじめないのが本当のところだ。
 人魚。
 あの、絵本とか童話とかに出てくる、人魚だった。
 とはいえ、それはあくまでぼくの自分勝手な意見だ。いくら好きじゃないとは言え、この人魚はサツキを助けてくれた。お礼くらいは言うべきだ。その辺の「線引き」は、ぼくだって子どもじゃないんだからいいかげんつけられる。
「あの。ありがとう」
「え?」
「サツキ。助けてくれて」
 ぼくがそう言うと、人魚は青色の目を細めて笑った。
「ううん。人助けは当然だもんね」
 ぽん、とサツキの頭をなでる。サツキはようやくせきも終わったみたいで、少しだけ赤くした顔で人魚を見上げていた。
「サツキ、ありがとうは?」
 ぼくの言葉に、サツキはようやく気付いたのか、あわててぴょこんと頭を下げた。
「おねえちゃん、ありがとう」
 人魚はちょっとだけ照れたみたいに、くすくす笑った。



 ぼくとサツキとその人魚は、それから少しだけ話をした。
 人魚の名前は、カノン。
 ――そう。母さんの親友の、カノンだ。
 たぶんもう分かっていると思うけれど、父さんの親友のサトルも、海さんとこのミチルちゃんも、みんな人魚だったりする。
 この島、相当病んでいる。
 ごくごく当たり前の顔をして、人間と人魚が仲がいい。ぼくも小さい頃は何にもふしぎには思っていなかったのだけれど、小学校に入って少しした時から分かるようになってきた。
 この島、絶対、変だ。って。
 おとぎ話にしか出てこない人魚が、当然の顔して住んでいて、島の人たちも当然の顔して受け入れている。
 人魚と人間が幼なじみだとか付き合って別れたとか、はっきりいってついていけない。病みすぎだ。島人まとめて、おかしすぎる。ぼくはふつうだから、こんな異常にはついていけない。
 そんなわけで、ぼくはしばらくこの連中とは関わらないようにしていた。
 カノンと会ったのは……四年ぶり、かな。四年前、二年生のときに、ぼくはカノンにこう言った。
『カノンたちへんだから、もうあわない』
 われながら、相当ひどい言い草だったと思う。けど、事実だ。
 カノンはぼくが『ユースケ』だと知ると、ちょっとおどろいた顔をして、それからうれしそうにまた笑った。



「ユースケ、まだ泳げないんだね」
 カノンのいきなりの言葉に、ぼくはちょっとだけむっとする。
「悪かったね」
「ホント。ナオコとトオルの息子だなんて思えないわ。あのふたり、私でさえ負けるんじゃないかってくらい泳げるのに」
「うるさいなぁ」
 人魚に泳ぎで勝てるかもしれない両親になんて、正直死んでも似たくない。
「とにかく、ありがとう。帰るよ」
 ぼくはテトラポッドの上に立ち上がって、放ったらかしだったカキ氷のカップを手に取る。
「気をつけてね」
 人魚がひらひらと手をふって来たけれど、ぼくは気付かないふりをした。サツキの手を引いて、今度は落ちないようにゆっくり歩く。
「ねぇ、ユースケ、サツキ」
 後ろからの声に、サツキが振り返っていた。ぼくはもちろん、振り返らない。
「明日もまた、おいでよ。ここじゃ危ないから、南海岸のあたりで待ってるからさ」
 冗談じゃない。
 人魚とは関わらないの。ぼくはふつうの人間だから。
 サツキの手を引いて、ぼくはおばあちゃん家に向かって歩いていった。



 次の日。
 ぼくは、南海岸にいた。
 ……別に、ぼくが来たくて来てるわけじゃない。そこまで自分の意思がない情けないやつじゃない。
 サツキに泣かれたんだ。で、お守りってわけ。
「サツキ、あんまり遠くまで行くなよ」
 ぱしゃぱしゃと波打ちぎわで遊んでいるサツキに、ぼくは声をかける。
 南海岸は砂浜だ。昨日とは違って遠浅の海だし、よっぽどじゃないとおぼれないと思うけど、昨日の今日だ。用心はしといたほうがいい。
 そうそう、この間テレビで見たけれど、人間って確かくるぶしくらいまで水があったらおぼれることが出来るらしいし、危険はやっぱり、あるんだから。
 サツキは素直にはぁいと返事をしたけれど、一体どこまで分かってるやら。今年一年に上がったばかりのちびなんて、何にも分かってないのが本当だろう。
「てか、いないじゃん」
 サツキを見ながら、思わずボソッと呟いた。待ってるって言ったのは誰だよ。まぁ、時間は言ってなかったし、ぼくも行くとは言わなかったけどさ。いや、別にいなくていいんだけどさ。
「ユースケ、サツキー」
 体育すわりにほおづえのぼくの耳に、昨日の人魚の声がした。
 砂浜ぎりぎりのところに、ぴょこんと頭が浮かんでいる。たぶん腹ばいになっているような感じなんだろう。
「来てくれたのね」
「カノンちゃん」
 サツキがうれしそうにカノンの元へ走って行ってだきついた。助けてもらったせいか、やけになついてるな、サツキのヤツ。カノンがひらひら手をふってきて、ぼくもしょうがないのでひらひら手を振り返す。
「遊ぼうよ、ユースケ。泳ぎ、教えてあげるよ」
「やだよ。ぼくはお守りなの。サツキと遊んでやってよ」
「ユースケ、じじむさい」
 見た目はともかく、母さんと幼なじみのあんたに言われたくない。
 どっちにしろ、ぼくは水が好きじゃないわけで。暑いだろうと言われようが、じじむさいと言われようが、ぼくはここにいたほうがいい。
 カノンはぼくを誘うのをあきらめてくれたらい。波打ちぎわでサツキと二人、ばちゃばちゃ水をかけあって遊んでいる。
 まぁ、いいんじゃない。
 サツキも楽しそうだし。ぼくもお守り役から解放されて、ゆっくり読書感想文用の本、読めるし。
 遊ぶ二人を見て、ぼくは持ってきた本を開いた。



 夕陽が青い海をオレンジ色にそめかえる。
 めいっぱい遊んだサツキが、疲れて眠そうにし始めたから、ぼくたちはおばあちゃん家に帰ることにした。
「じゃあ、また明日ね」
 カノンがそう言って手を振って――
 ちょっと待て。
「明日ぁ!?」
「あした、あしたぁー!」
 サツキが喜んで手を振り上げる。
「冗談じゃないよ。ぼくはもういやだからね!」
「どうしてよー!」
「ぼくはふつうの人間なの。人魚なんかと関わりたくないの」
 ぼくがはっきりきっぱり言い切ると、サツキがわっと泣き出した。
「うわ、サツキ、泣くなよっ」
「ふぇえぇぇえ」
「泣ーかせた、泣ーかせた。ナーオコに言ってやろうー」
 カノンがいたずらっぽく歌う。ああ、もう。
「泣くなってば! カノン、黙ってろよ!」
「やだあ。カノンちゃんと、遊ぶのー」
 ……サツキもこの島の人間と同化し始めている。病み始めている。イヤすぎる。
 その後も兄ちゃんが遊んでやるとか、ゲーム貸してやるとかなだめてみたんだけど、サツキはどうやったって泣き止まなくて。
 結局。
「分かった。明日ね……明日」
 ぼくはとことん、サツキに弱いのかもしれない。


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